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和歌山地方裁判所 昭和34年(行)2号 判決

原告

岩尾覚

外六名

右原告ら七名訴訟代理人弁護士

浪江源治

外一四名

被告

和歌山県教育委員会

右代表者

松林芳美

右訴訟代理人弁護士

月山桂

外三名

主文

被告が昭和三三年一一月一七日付をもつて原告らに対してなした別紙第一記載の各懲戒免職処分は、いずれも取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告らの地位

原告らは、後記懲戒処分当時いずれも別紙第一の勤務学校欄記載のとおり、和歌山県下各公立小・中学校の教職員であり、原告岩尾は校長として、その余の原告らは教諭としてそれぞれ勤務していた。

そして、原告岩尾は和歌山県下各公立小・中学校の教職員をもつて組織する和歌山県教職員組合(以下、和教組という。)の執行委員長、同北条は書記長、同滝本は書記次長、同西浦は法制部長、同田渕は情宣部長、同岡本は教文部長、同石原は庶務部長兼婦人部長の各地位にあつた。

2  本件懲戒処分の存在

被告は、昭和三三年一一月一七日付をもつて、原告らに対しそれぞれ別紙第一の処分欄記載のとおりの各懲戒免職処分(以下、本件懲戒処分という。)をなした。その処分理由は、右処分理由欄記載のとおりである。

3  審査請求の存在

これに対し、原告らは、同年一二月一五日和歌山県人事委員会に対し審査請求をなしたが、いまだに裁決がない。〈中略〉

二、請求原因に対する認否〈略〉

三、抗弁

本件懲戒処分の処分理由は次のとおりである。〈中略〉

2 和教組の組織、運営

(一)  和教組は、県人事委員会への登録申請書添付の定款によると県下の各市町村単位で結成された教職員組合の連合体組織として法人格を有するものとされているが、実際は別個の定款により単一組織として運営されており、県下八支部、総組合員数約六、〇〇〇名で、和歌山市小松原通り三の一旧教育会館内に本部をおき、組合員の経済的、社会的、政治的地位の向上をはかり、教育ならびに研究の民主化につとめ、文化国家の建設を期することを目的とし、教職員の待遇改善および勤務条件の維持改善に関することその他の事業を行なつている。

(二)  最高の議決機関として大会があり、これに次いで県委員会がある。大会代議員、県委員は、原則として各支部毎に、それぞれ組合員二五名、一五〇名に各一名宛直接無記名投票で選出される。執行機関として、執行委員会、常任執行委員会があり、執行委員会は、執行正副委員長・書記長・書記次長各一名、常任執行委員・執行委員各若干名をもつて構成され、そのうち執行委員を除いた役員により常任執行委員会が構成され、執行委員会の委任によりその権限を行使する。常任執行委員会の構成員は、大会において選出承認され、執行委員は、原則として各支部の書記次長がこれを兼任する。執行委員長は、組合を代表してその運営にあたり、執行副委員長は、委員長を補佐し、これに事故あるときは代理としてその権限を行使し、書記長・書記次長は、執行正副委員長を補佐し、関係事務を掌理する。

(三)  本件勤評闘争に際して設けられた拡大闘争委員会(以下、拡闘委という。)は、本部執行委員会の構成員および県委員をもつて構成され、議決権は県委員のみが有し、拡闘委員長は執行委員長が兼任する。なお、執行委員会も、右闘争時には闘争委員会と呼称された(以下、これを通じて執行委員会という。)。

(四)  各支部には、最高の議決機関として総会(または大会)があり、これに次いで代議員会、支部委員会等があり、執行機関として執行委員会がおかれ、正副支部長・書記長・書記次長・執行委員等が構成員となる。支部には、さらに班(または地区あるいは部会)がおかれ、班長以下支部の各専門部に対応する執行委員が執行事務の処理にあたる。各学校には、一名ないし数名の職場委員(または職場代表・職場運営委員)がおかれ、各職場における組織運営にあたる。代議員は、班毎に数名選出される。代議員会は、非常時における重要議題の決議等に際し、各職場内の実情を把握し、伝達の徹底をはかる必要があるときは、職場代表者会を召集する。右代表者会は、代議員のいる職場では右代議員が、そうでない職場では一名宛の職場代表者をもつて構成される。

3 本件勤評闘争の経過と態様

(一)  昭和二五年に制定、施行された地方公務員法(以下、地公法という。)四〇条は、任命権者は、定期的に勤務成績の評定(以下、勤評という。)を行なわなければならない旨を定めている。被告は、これに基づいて鋭意検討を行なつてきたが、他の制度、ことに教育委員会制度の改変等のために評定方法の研究や準備に手がまわらず遷延していた。しかし、その後昭和三一年地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下、地教行法という。)が制定され、市町村立小・中学校等県費負担教職員の場合も、任命権者は都道府県教育委員会であることが明定されるに至つて、ようやく翌昭和三二年から教職員に対する勤評制度が具体的に実施の方向へ進むに至つた。

(二)  これに歩調を合わせて、全国都道府県教育長連絡協議会は、同年一〇月教職員に対する勤評規則の試案を作成することを決議し、第三部会において検討のうえ、同年一二月二〇日「勤務評定試案」(いわゆる全国試案)を発表した。

一方、被告は、基本的には教職員に対する勤評実施の方向で、右当時から所管の事務局学事課において検討をはじめ、事務局内に「勤評規則に関する検討委員会」を設置して、規則制定の準備作業に着手した。

(三)  このような勤評制定の動きに対し、日本教職員組合(全国各都道府県教職員組合を加入単位組合として結成された連合体組織で、和教組も加入している。以下、日教組という。)は、昭和三二年一二月二二日開かれた第一六回臨時大会において、最重要段階での一斉休暇闘争を含む強力な統一行動の実施を骨子とする勤評阻止闘争強化に関する戦術基本方針および非常事態宣言の発出を決定した。

(四)  これを受けて和教組は、右日教組臨時大会の決定方針にしたがい、昭和三三年一月二一日和歌山市労働会館において第一四回臨時大会を開催し、日教組臨時大会の決定事項を確認するとともに、反対闘争の基本戦術を次のように決定した。

(1) 統一行動の実施・終結および解決は、和教組あるいは近畿ブロック共闘会議(近畿六府県の県教組による共闘組織)のみでは決定せず、さらに日教組本部を含めた合同戦術会議で決定し、日教組中央執行委員長および和教組執行委員長の連名をもつて指令を発出すること

(2) 近畿六府県内で勤評規則の制定、実施が強行されるときは、当該府県の統一行動に呼応してブロック共闘会議による統一行動を実施すること

(3) 勤評規則の制定、実施を阻止するため、情勢に即応しつつ次のこと(一部略)を実施すること

(イ) 当局と対決する重要段階においては、本務以外の事務処理を拒否し、一斉休暇闘争を含む強力な県下統一行動を実施すること

(ロ) 細部については拡闘委に一任すること

(五)  ところで、被告は、勤評制度は本来教職員の勤務条件に関するものとはいえず、したがつて、もともと職員団体との交渉の対象事項とはなり得ないものであるとの見解に立つていたが、他面においては能うかぎり摩擦なく勤評規則を制定、実施したいとの希望をもつていたことから、昭和三三年一月以降和教組および和歌山県高等学校教職員組合(以下、和高教という。)の要求に応じ、数回にわたつて交渉をもつたが、和教組らは、「教職員に対する勤評はそもそも不可能であり、教育上重大な弊害をもたらす」、「組合活動封じ込めを企図した反動的文教政策の一環である」、あるいは「いわゆる責善教育を阻害する」等と主張して、あくまで勤評規則の制定、実施に反対する態度を堅持し、以後もその是非論議を継続することに固執した。このため、ともかく方法論議に入り具体的な問題点を検討すべきであるとする被告の見解と対立し、平行線を辿るのみで、実質的な論議は全く進行しなかつた。そこで、被告は、同月二九日交渉打切りを宣言し、以後膠着状態に陥つた。

(六)  その後、同年三月二八日和歌山県議会の最終日において、一部の議員の提案にかかる「職員の給与等に関する条例等の一部を改正する条例案」が上程され、即日賛成多数で可決され(和歌山県条例第一二号)、「市町村立学校職員の給与等に関する条例」中に、「勤務成績に基づいて行なうこととされている昇給または勤勉手当の支給については、職員の勤務成績の評定の結果を参考として行なわなければならない。」との規定(八条の二)が設けられた。

(七)  和教組は、同年四月一五日新役員による拡闘委を開き、日教組第五波統一行動日である同月二二日午後三時を期して、傘下組合員参加のもとに県下一斉に市町村教育委員会と交渉を行なうことを決定し、その旨の指示第一号を発出し、右交渉は予定どおり実施された。

(八)  次いで、同年五月七日に開いた拡闘委において、原告らの執行部提案にかかる第一ないし第五波にわたる勤評反対闘争戦術、すなわち、

第一波 さらに市町村教育委員会と交渉を行なうこと

第二波 メーデーに集約した戦いを組むこと

第三波 同月二日県下各職場毎各一名からなる大交渉団を組織して、被告と強力な大衆動員交渉を行なうこと

第四波 免許外教科の申請拒否闘争を行なうこと

第五波 最重要段階において、いわゆる一斉休暇闘争を実施すること

いじようのうち、実施ずみの第一ないし第三波を除く第四、第五波闘争戦術を決定した。そして、第五波闘争に関しては、戦術の最終決定は、全組合員の無記名投票によること、その投票日時等は、闘争の進展経過の中で執行部から指示すること、右闘争が組合員たる校長にしわ寄せされる結果にならないように配慮し、組合員各自がその責任で行動し、これによつていわゆる一斉休暇を勝ち取るものであることを自覚すべきことを確認した。

(九)  さらに、同年五月一二日に開いた拡闘委において、勤評規則は同月二一日ごろ制定されるとの情勢分析のもとに、次のような指令、指示を発出することを決定した。

指令第一号 免許外授業拒否闘争に関するもの

指令第二号 いわゆる一斉休暇闘争に関するもので、「五月〇日和教組執行委員長岩尾覚発各職場運営委員長、組合員宛」、「勤務評定反対措置要求に関する件」と題し、「一、組合員全員は勤務評定を実施させない措置を地公法四六条に基づいて人事委員会に対して要求せよ。右措置要求の手続は五月〇日午前九時より開催する全員集会でとりまとめ、すみやかに人事委員会に提出せよ。一、右手続に必要な休暇請求は五月〇日までに行なうものとする。」旨記載されているもの

指示第五号 「五月一二日付和教組執行委員長岩尾覚発各支部長、職場責任者、組合員宛」、「一斉休暇に対する全員投票について」と題し、「勤務評定反対闘争はいよいよ最重要段階に突入する時期に到達することを予想するので、かねて提案中の一斉休暇に対する全員の意思を統一する全組合員の投票を左記により行なう。投票日時五月一八日、方法地教委毎全組合による無記名投票、開票五月〇日、公表拡闘委の確認を得て報告する。」旨記載されているもの

なお、右指令第二号の発出日等が空欄とされたのは、全員無記名投票中賛成率が八〇パーセントいじように達したときは、それを重要な参考資料として最終的に拡闘委において闘争への突入を決定することとされていたことから、突入の指令が臨機に発出できるようにするためである。各指令、指示はそのころ発出された。

さらに、同日における拡闘委では、「全員参加による措置要求大会を組織するに当つて」と題するいわゆる一斉休暇闘争の行動規制案を採択した。これによると、措置要求の法的根拠および措置要求書の書式、大会の会場、参加規制等が明示され、さらに、「教員は全員休暇届を校長に提出する。」こととして、年次有給休暇の法的根拠、休暇届の書式が示され、校長の対応措置として、「校長は教員の休暇願を受理し、休暇を許可しない。」こととされている。右規制案は、そのころ書面をもつて各支部に示達された。

(一〇)  同年五月一八日指示第五号にしたがい、和教組各支部においては、原則として各班毎に、組合員全員により、いわゆる一斉休暇闘争につき賛否いずれかに丸印を記入する方法によつて無記名投票が実施され、投票結果は、一部遠隔地では現地開票のうえ本部に電話連絡することにより、その他は投票箱をいつたん支部に集めたうえ、支部役員が本部に持参して開票することにより集計された(もつとも、一部には趣旨不徹底のため現地開票のところもあつた。)。

(一一)  右開票と並行して、同日午後一〇時ごろから拡闘委が開かれていたが、開票の結果賛成率が八〇パーセントに満たなかつたため、原告ら執行部の提案にかかる同月二〇日のいわゆる一斉休暇闘争は見送られた。そして、投票用紙にナンバーが記載され、配布先の職場、地域毎に控えのあることから、賛成率の低調な地域、職場にオルグを投入する等して意思統一をはかることとした。右趣旨に基づき、各支部においては、闘争への突入体制の困難な職場を調査し、これにオルグを派遣し、あるいは、合同職場会を開いて機関決定にしたがう旨の決意書に署名を求め、体制の整備、確立をはかつた。

(一二)  局面を打開するため、被告は、和教組、和高教との交渉を再開することにし、同年五月二日、同月六日の二回にわたつて交渉をもつた。ところが、和教組、和高教は、同月一三日部落解放同盟県連(以下、解放同盟という。)、和歌山県地方労働組合評議会(以下、地評という。)、和歌山大学学生自治会、県庁職員組合、県教育委員会事務局職員組合とともに勤評反対七者共闘会議(以下、七者共闘という。)を結成し、議長に和教組執行委員長の原告岩尾が選出された。そして、七者共闘は、今後自ら被告との交渉にあたることを決議し、被告にその旨を要求した。これに対し、被告としては、前記(五)のとおり、和教組、和高教と勤評問題を交渉すること自体が法的義務に基づくものではなく、いわば善意に出たものであつて、いわんや部外者を混じえた交渉に応ずる義務は全くないと考えていたことから、当初予定の同年五月一七日の和教組らとの交渉には応じなかつたものの、同月二〇日七者共闘側の強い要求に押され、以後七者共闘と交渉をもつ旨を確約した。

(一三)  かくして、同月二九日和歌山市内県立盲学校で、被告と七者共闘との交渉がもたれた。右交渉においては事前に勤評と責善教育の関係について論議することとし、相互に書面を交換したうえ主張を明らかにする約束であつたが、被告の書面が抽象的で簡素に過ぎるとする七者共闘の抗議があり、もつぱらこの点で時間を費消し、実質論議に入れないまま深更におよんだため、次回交渉期日を同年六月四日と定めて散会した。

(一四)  和教組は、右五月二九日の交渉後の午後一〇時ごろから拡闘委を開き、交渉経過等の情勢を分析し、被告は近く勤評規則を制定、実施する腹づもりであると判断し、これを阻止するため、同年六月五日ないし八日の間に一斉十割休暇闘争を実施すること、指令の打電は執行部に一任することを決定した。同じころ、右同様の判断から、和高教はハンスト、和歌山大学生自治会はストライキ、地評等労組は子弟の同盟休校をそれぞれ実施することを決定した。次いで同年五月三一日七者共闘名で、「被告が現在の態度を改めないかぎり共闘会議としては、一斉休暇・同盟休校・ハンストを含む統一行動をもつて実力行使に入る。」旨の声明を発表し、これが翌六月一日付の各新聞紙上に一斉に報道された。そして、同年四月大阪府教組本部に設置された日教組近畿ブロック合同闘争本部は、同年六月二日和歌山市に移され、同時に近畿各府県から大量のオルグが派遣された。

(一五)  かかる客観情勢の推移から、被告は、これいじよう七者共闘と交渉を重ねても、双方の主張は平行線を辿るばかりでなんの実りも期待できず、七者共闘の実力行使も必至であるうえ、交渉の遷延による各職場の不安定な状態は教育上無視できないことから、無為に来るべき六月四日の交渉期日を迎えるのは、逆に混乱の極点で勤評規則を実施する事態となり、到底収拾不可能な事態を招くおそれがあるとの考慮から、やむなく六月三日勤評規則を制定するに至つた。すなわち、被告は、すでに各市町村教育委員会、公立小・中学校校長会、高等学校校長協会等から意見を徴し、同年五月一〇日ごろからは前叙検討委員会で規則の作成作業にかかつていたが、同年六月二日午後和歌山市内紀陽銀行本店二階会議室で開かれた県下市町村教育委員会連絡協議会の常任委員会において、同委員会側の意見を最終的に聴取したのち、同日午後七時ごろ市内和歌山城公園前の日本勧業銀行和歌山支店会議室に県教育委員全員が参集して協議会を開き、被告としての態度を決定して事務局に最終的な草案の作成作業を指示し、次いで翌三日午前八時教育委員会を開いて正式に本件勤評規則の制定、公布を決定した。

(一六)  和教組は、前記(一四)の拡闘委決定にそつて諸準備を整えていたが、同年六月三日午前一〇時本部で拡闘委を開き、翌四日予定の被告との交渉における基本的態度を協議していたところ、午前一一時すぎ前記(一五)のとおり勤評規則の制定、公布の事実を知つた。このため、和教組は、ただちに執行委員会を開いて対応策を練り、次のような執行部案を決定し、日教組本部書記長平垣美代治に対し、電話で執行部案の説明を行なうとともに闘争戦術に関する指令の発出を要請したところ、即時右趣旨の指令を受けた。そこで、同日午前一一時四〇分ごろ拡闘委を再開し、執行部案を決定した。すなわち、

(1) 同月五日にいわゆる一斉十割休暇闘争を行なうこと

(2) 六日、七日の両日に子弟の登校拒否戦術を行なうこと

(3) 実施方法の細目は執行部に一任すること

(一七)  和教組は、右拡闘委終了後執行委員会を開いて闘争の細部を協議し、措置要求大会の日時、場所、行動規制、闘争指令の打電等を決定し、これに基づいて書記長は、同日午後五時ごろ和歌山電報局に打電依頼をし、県下公立小・中学校本校、分校の職場委員に対し、日教組執行委員長小林武、和教組執行委員長岩尾覚の連名をもつて、次の内容の闘争指令を発出した。

機関の決定にしたがい次の行動を指令する

一  五日全員は有給休暇をとり都市単位の措置要求大会に参加せよ

二  六日、七日子弟の登校を拒否せよ

右指令は、同日夜ないし翌四日午前中に全職場に配達あるいは電話通知され、各職場で回覧・掲示等がなされたほか、三日夜ないし四日に各支部で開かれた職場代表者会議においても、拡闘委に出席した県委員、執行委員から口頭で報告され、さらに職場代表者から組合員に伝達された。

(一八) 被告は、勤評問題の発表後数回にわたり通牒をもつて県下市町村教育委員会に対し、その監督下にある教職員の服務の厳正に努めるよう指示し、市町村教育委員会は、教職員に対し、いわゆる一斉休暇闘争を実施してはならない旨の業務命令を発して来た。しかし、同年六月五日県下公立小・中学校の教職員の多数は、かねてからの指令に基づき、人事委員会に対して勤評規則撤回の措置要求を行なうため、年次有給休暇の権利を行使すると称して、事前に休暇届(従来のとり扱いは、各学校備付けの「願」という書式の用紙により校長の承認を得てはじめて休暇をとることができるものとされていた。)を校長に提出し、受理されなかつた職場では、そのまま校長の机上に提出され、あるいは校長の帰校後に提出され、翌朝になつてはじめて校長がこれを知るという所もあつたが、このように校長の承認を待たずに職場を離脱し、措置要求大会に出席し、さらに、同月六日、七日の両日は子弟の登校を拒否した。また、和高教は同月四日から七日まで各職場要員によるハンストを、和歌山大学学生自治会は四日間のストライキを、地評傘下労働組合および解放同盟は子弟の同盟休校を実施した(以下、第一波闘争という。)。

(一九) 一方、被告は、七者共闘側の要求に応じて同月五日午後から翌六日早朝にかけて県庁教育委員会室で、さらに同日午後から翌七日午後にかけて芦原隣保館で交渉をもつたが、勤評規則抜打ち実施の陳謝とその撤回を要求する七者共闘と、これを拒否する被告は互いに譲らず、双方の主張は平行線を辿るばかりで、同月九日の右教育委員会室における交渉も進展しなかつた。そこで、被告は、同日午後九時半ごろ交渉打切りを宣したところ、これに反撥した七者共闘側から被告側出席者の退室を阻止されたため、警察官の出動を要請した。右混乱の際、双方および警察官に多数の負傷者が出た。

(二〇) 七者共闘は、第一波闘争直後の同月七日午後八時ごろから和教組本部で闘争の反省と今後の方針につき討議し、次のとおり決定した。

(1)  七者共闘と地評傘下労働組合とのつながりを強めること

(2)  同月一三日県下一斉に都市毎の勤評撤回要求大会を開くこと

(3)  七者共闘のほか日教組、近畿各府県地評の応援のもとに、連日二、〇〇〇人ないし三、〇〇〇人を動員して被告と交渉し、知事の責任を追及すること

(4)  市町村教育委員会との交渉を強化し、重点地区を設定して被告追及の足掛りにすること

(5)  反対闘争の決行体制を固め、被告による団交打切りの際、和教組、和高教、県庁職員組合、教育庁職員組合を中心にいわゆる一斉十割休暇闘争を実施すること

和教組は、同月八日午前一〇時和歌山市本町小学校講堂で臨時大会を開き、右七者共闘の闘争方針を前提に、同月二〇日から二五日ごろまでの間再度のいわゆる一斉十割休暇闘争を含む勤評闘争を実施することを決定した。

(二一) しかし、第一波勤評闘争に対する一般の批判および現場の反省等により、同月一一日夜開かれた拡闘委において、全三日で十割に達する三・三・四割休暇闘争と子弟の登校拒否闘争に戦術を変更し、同月一六日から三日間にわたつてこれを実施する旨の執行部提案を決定した。しかし、その後同月一四日に開かれた拡闘委で、同月二五日予定の日教組全国統一行動に合わせて右闘争を実施するため、右期日を同月二三日から二五日の三日間に変更した。七者共闘も右同様闘争を延期した。和教組は、右拡闘委決定による休暇闘争の行動規制を、第一波勤評闘争の総括、今後の対策とともに機関紙和教時報(六月一五日付)に掲載して周知させた。

(二二) そして、和教組ら七者共闘は、同月一九日被告に対し、「六月三日以前の状態に戻し、団交を再開せよ。」との要求書を手渡したが、同月二一日被告から交渉をもつ意思がない旨の回答を受理したので、同日予定どおり来たる二三日から闘争に突入することを確認した。

和教組も同日の拡闘委において、前記行動規制にしたがい三・三・四割休暇闘争に突入することを確認し、実施細目を次のとおり決定し、傘下組合員に伝達した。

(1)  右休暇闘争によつて父兄、生徒に迷惑をかけないよう平常授業を行ない、小学校は合併授業、時間割変更、中学校は時間割変更、自習によること

(2)  同盟休校を実施する七者共闘の子弟に対しては、地域毎に寺小屋式授業を行なうこと

(二三) 被告は、同月一九日学第四〇五号をもつて指導室長、市町村教育委員会に対し、休暇闘争によつて服務の厳正を欠き、学校の正常な運営を害することのないよう教職員を十分指導、監督すべき旨指示し、これを受けた同委員会も、校長を通じて教職員に対し、休暇闘争に参加してはならない旨の職務命令を発した。さらに、被告は、同月二一日市町村教育委員会に対し重ねて右同旨の通達を発し、教職員に対しても、「公務員としてあるまじき行動をとることのないよう十分な自重を切望する。」旨の声明を発表した。各市町村教育委員会は校長に対し、「所属職員の休暇願を承認してはならない。」旨の業務命令を発した。

しかるに、和教組は、第一波闘争に比すればかなりの脱落があつたとはいえ、相当数の学校で同月二三日三割、二四日三割、二五日四割の行動規制にしたがい、第一波闘争と同じく休暇届を提出する方法により職場を離脱した(以下、第二波闘争という。)。

4 本件勤評闘争の規模と影響

(一) 第一波闘争

前記3の(一八)のとおり闘争が実施されたが、同月五日のみならず六日、七日とも事前に相当な混乱が予想されたので、市町村教育委員会の中には、平常どおり授業を行なうことにより様々の混乱が生ずるうえ、出席の児童・生徒と同盟休校の児童・生徒との間に教科の進度に較差ができ、生徒間に心理的隔絶を招く等の事情を勘案して、三日間全部を臨時休業、振替休業、農繁休業等の扱いとしたところもあつた。

(1)  同月五日における県下公立小・中学校の状況は、別紙第二集計表(一)記載のとおりである。県下公立小学校三六二校、同中学校一七二校、合計五三四校中、校長の承認なしに措置要求大会に参加した学校は小学校一五七校、中学校七七校、合計二三四校、正常授業を行なつた学校は小学校二六校、中学校一二校、合計三八校であり、その余の学校は市町村教育委員会の臨時休業、農繁休業、振替休業等により授業を行なわず、教職員は、校長の明示または黙示の承認を得て大会に参加した。このため、休業措置のとられなかつた学校で、教職員が職場離脱をしたところでは、校長、教頭が、中にはPTAの協力を得て各教室で自習をさせ、あるいは全生徒を講堂に集めて紙芝居、童話を行ない、せいぜい二、三時限で下校させた。こうして、当日の学校運営はほぼ県下全域にわたつて混乱した(ちなみに、農繁休業、臨時休業といつても、それは児童・生徒との関係で授業を実施せず、登校しなくてよいということであるから、教職員は当然出勤すべき義務があり、校長の許可なしに大会に参加することは職場離脱となる。)。

(2)  同月六日は、市町村教育委員会による休業措置の学校は小学校六六校、中学校三九校、合計一〇五校、同盟休校の学校は小学校二三校、中学校九校、合計三二校、同月七日は、休業措置の学校は小学校六一校、中学校三六校、合計九七校、同盟休校の学校は小学校二三校、中学校九校、合計三二校であつた。

(二) 第二波闘争

前記3の(二三)のとおり二三日三割、二四日三割、二五日四割の闘争が実施されたが、その状況は別紙第二集計表(二)ないし(四)記載のとおりである。闘争参加の学校では、この三日間を通じ、授業時間の変更、合併授業、自習等が行なわれた。市町村教育委員会の中には、前記同様の配慮から、農繁休業、振替休業の措置をとつたところもあつた。

(三) まとめ

以上のとおりであつて、和教組傘下組合員の同月五日、二三日ないし二五日にわたる休暇届提出による職場離脱は、校長の承認の有無を問わず争議行為としての同盟罷業にあたり、適法な年次有給休暇の権利行使とはいえない。また、各教育委員会による休業措置は、教育現場の混乱を避けるため、やむなくとられたものであり、これまた本件勤評闘争によつて受けた影響といわなければならない。

5 原告らの行動

原告らは、本件勤評闘争に際し、拡闘委の構成員として戦術の討議、決定に参加したほか、執行部として戦術の企画、提案、指令・指示の発出等の執行にあたり、機関紙「和教時報」による伝達をなす等、右闘争の中心的役割を担つたものである。すなわち、

(一) 「和教時報」四月二六日付号外に、前記3の(八)のとおり、第一ないし第五波闘争戦術の執行部案を「勤評反対闘争の展望と戦いの進め方」と題して組合員に提示し、同年五月二日和歌山市雄湊小学校で開いた職場代表者会で右執行部案を拡闘委にはかる予備提案として提示した。

(二) 前記3の(九)のとおり、指令・指示、行動規制案を起草して拡闘委に提案し、右行動規制案においていわゆる一斉休暇闘争が合法であることを強調し、措置要求大会において参加点検を行なうよう規制する等、組合員をして闘争に参加せざるを得ないようにさせた。

(三) 同年五月二六日執行委員会を開き、最重要段階におけるいわゆる一斉休暇闘争の実施を確認し、同月二八日ごろ開いた執行委員会では、近く被告が勤評規則を制定、実施することを予想して、これを阻止するため前記3の(一四)のとおり、闘争戦術を執行部案として作成し、これを翌日の拡闘委に提案した。

(四) 前記3の(一六)、(一七)のとおり、第一波闘争の提案、細目の決定、指令の発出をなした。

(五) 前記3の(二一)のとおり、第二波闘争の提案、和教時報による行動規制の示達をなしたほか、七者共闘発行の「勤評反対共闘会議情報・速報」と題する印刷物を各職場に配布し、闘争が有利に進められている旨、その他組合員の士気を鼓舞するような情報記事を掲載して組合員を激励した。

以上によれば、原告らは、いずれも本件勤評闘争を企画、共謀もしくはせん動して、指導的役割を果したものというべきである。

6 処分根拠法令

以上のとおりであるから、被告は、原告らに対し、地公法三七条一項、二九条一項一、三号をそれぞれ適用して、本件懲戒処分をなしたものである。〈後略〉

理由

第一原告らの地位、懲戒処分および審査請求の存在

請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

第二本件懲戒処分の処分理由

一和教組の組織、運営

抗弁2の事実は当事者間に争いがない。

二本件勤評闘争の経過と態様

1  抗弁3の事実中、その主張のとおり法制が変遷したことは当事者間に争いがなく、また右事実中、以下の事実、すなわち、教員に対する勤評規則の実施が遷延された理由、勤評制度自体は勤務条件に関するものではないから、職員団体との交渉事項とはならないこと、和教組との交渉行詰りの原因、昭和三三年五月一八日に行なわれた和教組のいわゆる一斉休暇闘争に関する全員無記名投票につき、事前に決定された必要賛成率および実際の賛成率、同月二〇日に予定された一斉休暇闘争を延期した理由、被告が本件勤評規則の制定に踏み切り、同年六月九日に予定された交渉を打ち切つた理由、第二波闘争への突入については和教組内部にも逡巡するところがあつたことを除くその余の事実は、原告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

2  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。

昭和三三年五月一八日の全員無記名投票に際し、和教組執行部は、全体の八〇パーセント程度の賛成投票を獲得することを目標としていたが、結局全体の七五ないし八〇パーセントの間にとどまつた。そこで、和教組は、同日夜、右開票と並行して開いた拡闘委において、情勢分析の結果、当初同年五月一二日の段階で予測していた同月二一日の勤評規則の抜打ち実施は、前日の小山教育委員との交渉により同月二〇日あらためて七者共闘との間で話し合うとの確約ができたことから、強行されないとの結論に達したので、急拠同月二〇日に予定された一斉休暇闘争を延期し、当面は被告との交渉に全力を傾注すること、さらに、今後の闘争に備えて体制を維持、強化するため各支部毎に弱点地区の克服をはかることにした。右決定に基づき、各支部の情勢報告等によつて賛成率が比較的低調と推測される各支部においては、鋭意結束の強化に努めた。たとえば伊都支部はオルグを派遣し、西牟婁、日高各支部はオルグの派遣に加えて、「機関決定に忠実に従う。」旨の決意書を各職場毎に提出させる等の方法をとつた。

こうして、以後における闘争体制は一段と強化、確定された。

三本件勤評闘争の規模とその影響

抗弁4の事実中、和教組が昭和三三年六月五日、および同月二三日から二五日にかけて、予定どおりいわゆる一斉休暇闘争を実施し、その結果、別紙第二集計表記載のとおり、学校の授業、運営がなされたことは当事者間に争いがなく、また、右事実中、同月六、七の両日も相当数の学校において臨時休業、農繁休業あるいは振替休業等の措置がとられ、平常授業のなされない状態が生じたことは、原告らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

四本件勤評闘争における原告らの行動

抗弁5の事実、すなわち原告らが和教組幹部として本件勤評闘争を企画、提案し、直接に、あるいは和教時報の刊行等を通じて間接に、傘下組合員に対して右企画、決定に基づく闘争方針、およびその戦術等を周知させ、闘争に際して指示、指令を発出し、闘争を指導したことは、原告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

五処分の対象となる行為および根拠法条

1  処分理由の追加について

ところで、原告らは、本件懲戒処分は、その処分理由説明書に記載されているとおり、原告岩尾について、本件勤評闘中昭和三三年六月五日の第一波闘争に際し、同原告がいわゆる休暇闘争の指令を発出したこと等を、その余の原告らについては、右闘争の遂行を共謀したこと等をとらえ、それが教育公務員として不都合な行為にあたるとしてなされたものである。したがつて、被告が本訴において本件懲戒処分の理由として、右事実のほかに、同月二三日から二五日にわたる第二波闘争であるいわゆる休暇闘争における原告らの各行動をあらたに処分理由として追加主張することは許されないと主張するので、この点について判断する。

本件懲戒処分の理由とするところは、原告らが和教組の前記幹部として、第一波闘争中の同月五日の一斉休暇闘争に際し、闘争を企画し、指令を発出し、その遂行を共謀する等、教育公務員として不都合な行動に出たことにあることは当事者間に争いがなく、右趣旨を記載した処分理由説明書が原告らにそれぞれ交付されたことは、弁論の全趣旨によつて認めることができる。

地公法四九条は、「任命権者は、職員に対し、懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分を行う場合においては、その際、その職員に対し処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない」(一項)と規定するとともに、その意に反して不利益な処分を受けたという職員に対し、その交付請求権を保障している(二項)。右規定の趣旨は、不利益処分の適正、公平を期するとともに、右処分を受けた職員に対して処分理由を知らしめ、人事委員会または公平委員会に対し審査請求をなすか否かの判断資料にさせて不服申立の機会を付与し、もつて職員の身分を保障しようとするところにあると考えられる(四九条四項―昭和三七年法律第一六一号による改正前の規定、現行規定は四九条の二)。

右法条の趣旨に照らすと、懲戒権者が懲戒処分を行なうにあたつては、その処分理由説明書には、地公法二九条一項所定の各号にあたる具体的事実をできるかぎり特定、明示して記載することが要求されるのであり、しかも、右懲戒処分が取消訴訟の対象とされた場合には、処分理由説明書記載の具体的事実と同一性のない別個の事実をあらたに主張することはもはや許容されないものと解すべきである。そして、右同一性があるか否かの判断にあたつては、刑事訴訟手続における公訴事実の同一性の判断基準と同程度の厳格な要件を定立することはもとより適切ではないけれども、当該事実が処分理由説明書に記載された具体的事実と時間的、場所的に比較的近接して行なわれたかどうか、手段、行為、態様、結果等が相互に関連しているかどうか等の諸事実を総合し、基本的事実に同一性があるか否かを客観的に評価しなければならない。その結果、当該事実と明示的に記載された具体的事実との間に、基本的事実としての同一性が認められない場合においては、たとえ懲戒権者がその処分時に当該事実を認識し、これをも含めて処分理由とする意思であつたとしても、あるいは当該事実を認識し得たのに認識せず、もし認識していたならば当然処分理由としたであろうと考えられる場合であろうと、後に訴訟において、これを処分理由として追加主張することは許されないと解すべきである。

これに反し、懲戒処分に際して斟酌された諸般の情状は、右とは事理を異にする。すなわち、懲戒処分の選択およびその量定は、当該行為の動機、手段、態様、結果等はもとより、その前後における法令違反、職務義務違反、非違行為等の有無、行為後における反省改悟の程度等、広範にわたるあらゆる諸事情を総合的に斟酌して行なわれるのであるから、これらを細大洩らさず遂一処分理由説明書に記載することは、本来望ましいことではあるが、ほとんど不可能な事柄に属する。したがつて、これらの事実を情状として後の訴訟において追加主張することは許されるものと解すべきである。

いじようの見地から、本件について検討すると、処分理由説明書に記載された昭和三三年六月五日の休暇闘争に関する事実とその後におけるいわゆる第二波闘争としての同月二三日から二五日にわたる事実とは、事実関係を異にしており、前叙いずれの点から判断しても、基本的事実に同一性があるとはいえず、右説明書記載の「等」の中に後者を含めて解釈することはできない。

また、同月六、七両日の登校拒否の点については、右五日の一斉休暇闘争と時間的に近接しており、かつ同一指令に基づくものではあるが、態様においても、また参加者の範囲、規模等においても、全く異質のものであるから、右と同様、処分理由説明書に明記された事実との間に、基本的事実につき同一性があるとは評価できないものといわざるを得ない。

もつとも、〈証拠〉中には、被告としては処分理由説明書記載の「等」の中に、いわゆる第二波闘争の事実等をも含めた本件勤評闘争過程における全行動を表現した旨の供述部分があるが、前叙のとおり各闘争の日時、企画、討議、指令の日時、内容、戦術、各闘争前後の客観的情勢等において明らかに異なるのであつて、仮りに右供述の趣旨どおりであるとしても、「等」という極めて不明確な表現の中に本件闘争の全過程を含めて解釈することは、前記法条の精神に反し、許されないところと考える。

いじようのとおりであつて、本訴におけるいわゆる第二波闘争に関する被告の主張は、結局昭和三三年六月六、七両日にわたる子弟の登校拒否の事実とともに、情状に関する主張として許容されるものと解すべきであるから、当裁判所は、以下において右主張を本件懲戒処分についての情状として判断することとする(なお、以下においては、本件勤評闘争中の六月五日の一斉休暇闘争のみを指して、これを本件休暇闘争という。)。

2  本件懲戒処分の根拠法条

抗弁6の事実は、原告らにおいて明らかに争わない。そうすると、被告は、原告らの昭和三三年六月五日の一斉休暇闘争における行動を基本的理由としつつ、さらにその後の同月六、七両日の登校拒否闘争および同月二三日から二五日にわたるいわゆる第二波の休暇闘争における原告らの行動等を情状として斟酌したうえ、地公法三七条一項、二九条一項一、三項を適用して本件懲戒処分をなしたものと認められる。

第三本件懲戒処分の違法性の有無

一本件勤評闘争の目的

地公法四〇条一項に定めるところの勤評制度は、大量におよぶ職員の勤務実績、能力、性格、適性等を客観的、統一的に評価することにより、学歴、経験年数、性別等のみによる形式的、画一的な処理を排し、適材主義、能力主義に適応した公平、適正な科学的人事管理を全うすることを目的としている。そして、本件のような県費負担教職員の勤評は、右地公法四〇条一項の特例である地方教育行政の組織及び運営に関する法律四六条により、都道府県教育委員会の計画のもとに、市町村教育委員会が行なうこととされている。このように、勤評は、法律の規定に基づき任命権者が自らの権限と責任とにおいて行使する人事管理、運営事項の内容をなすものであるから、それは地公法五五条三項にいうところの「地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項」であつて職員の勤務条件そのものではないというべきである。

しかしながら、勤評が人事管理、運営事項に該当するとはいつても、他面においてその評定結果が当該職員の人事異動、昇降格、昇降給等人事全般にわたつて様々に活用されるものであることは制度自体の前叙の趣旨から十分に推認されるところであり、このことは、和歌山県の市町村立学校職員の給与等に関する条例八条の二において、「この条例中、勤務成績に基づいて行うこととされている昇給又は勤勉手当の支給については、職員の勤務成績の評定の結果を参考として行わなければならない。」と規定されていることに照らしても明らかである。したがつて、勤評は、勤務条件そのものとはいえないけれども、これと密接不可分に関連する事項であるということができる。

そうすると、本件において、和教組が教職員に対する勤評制度そのものを論議し、本件勤評規則の欠陥を指摘してその制定、実施に反対し、さらにすすんでその改廃を要求し、当局と種々交渉することはもとより許されるものと解すべきである。

被告は、この点に関し、勤評の結果に基づいてなされた個別的、具体的な処置に対しては、当該職員から地公法四六条による措置要求、あるいは四九条の二による不服申立の機会が与えられていること、また個々の勤評についての欠陥に対しては、同法四〇条二項により人事委員会から勧告することができることを根拠として、勤評に関する事項は交渉事項ではないと主張するが、各職員に対し、評定結果に基づく個別的処置について、措置要求あるいは不服申立の機会が付与されていることと、職員団体に対し、その独自の立場から、広く勤評に関して当局と交渉する権限を認めることとは次元を異にする事柄であるというべきであるから、前者を理由に後者を否定する論拠とは必らずしもなり得ないところであり、また人事委員会の勧告は、任命権者による勤評が客観的、科学的な人事管理、運営の基礎資料を記録するため、適正、公平に行なわれるよう適宜監督、是正することを目的としてなされるのであつて、職員団体が勤評を勤務条件に深く関連するものとして、勤評規則の制定、改廃等全般について交渉の議題にすることと同日に論ずることはできない。したがつて、被告の右主張は採用しがたい。

現に、ILOユネスコ合同専門家会議の起草により、一九六六年一〇月四日ユネスコ特別政府間会議において採決された「教師の地位に関する勧告」には次のように述べられていることを見逃すべきでない。すなわち、「教員の賃金と労働条件は教員団体と教員の雇用主の間の交渉過程を通じて決定されなければならない。」(八二項)、「給与決定を目的としたいかなる勤務評定制度も、関係教員団体との事前協議およびその承議なしに導入し、あるいは適用されてはならない。」(一二四項)。

いじようによれば、本件勤評闘争は、職員団体である和教組が教職員に対する勤評規則の制定、実施に反対し、さらにその改廃、撤回を要求し、その主張を貫徹するために行なつたものであるところ、それが交渉事項となること前叙のとおりであるから、闘争の目的は正当であつたといい得るのである。

二本件休暇闘争は争議行為といえるか

1  一斉休暇闘争の本質

地公法二四条六項は、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。」旨規定している。そして、地方教育行政の組織及び運営に関する法律四二条および市町村立学校職員給与負担法三条の各規定に基づいて定められた市町村立学校職員の給与等に関する条例三二条は、「1 職員は、一年につき二十日以内の年次休暇を受けることができる。2 年次休暇は、職員から請求があつた場合に与えるものとする。ただし、公務に支障があるときは、他の時期に繰り替えて与えることができる。」旨規定し、さらに同条例に基づいて定められた市町村立学校職員の給与等に関する規則一七条は、「職員は、年次休暇を受けようとするときは、あらかじめその期間を記載した書類を当該学校を所管する教育委員会又はその委任を受けた者(以下、これらを「所属長」という。)に提出して、その承認を得なければならない。又所属長は、前項の承認を与えた後においても公務に重大な支障があると認められるときは、その休暇の期日又は期間を変更することができる。」旨規定している。そして、右休暇を承認する事項は所定の例外を除き、教育長から校長に委任されている(学校その他の教育機関の長に対する事務委任規程二条二号)。

ところで、年次有給休暇の権利についての基本原則は、労働基準法三九条の定めるところである。右権利は、同条一、二項の要件が充足されれば法律上当然に労働者に対して生ずるのであり、労働者の請求をまつてはじめて発生するものではなく、同条三項にいう請求は休暇の時季の指定の意味に解すべきである。したがつて、労働者がその有する休暇日数の範囲内において、休暇の始期、終期を特定して時季の指定をしたときは、同条三項但書所定の事由が存在し、しかもこれを理由に使用者が時季変更権の行使をしないかぎり、右指定によつて年次有給休暇が法律上当然に成立し、当該労働日における就労義務が消滅するものと解される。すなわち、年次有給休暇の要件としては、労働者による休暇の請求や、使用者による承認を云々する余地はないものと解すべきである。

そして、この理は、前記市町村立学校職員の年次有給休暇の権利についても同断であつて、各条例、規則の意義も、右労働基準法の趣旨に即して解釈されなければならない。けだし、とくに市町村立学校職員に対してのみ、法律上除外する旨の規定がないのみならず、別異に解すべき合理的根拠がないからである。

これに対して、いわゆる一斉休暇闘争は、各事業場に所属する労働者が、当該事業場における業務の正常な運営を阻害することを目的として、形式上「休暇」の名のもとに一斉に休暇届を提出し、職場を放棄、離脱することによつて同盟罷業に入ることであると解される。すなわち、これは、前叙の年次有給休暇の権利行使ではなく、単に形式上右権利行使の体裁を整えたものにすぎず、その実質においては同盟罷業にほかならないのである。したがつて、このような場合においては、たとえ労働者が休暇日数の範囲内において時季を指定した休暇届を提出したとしても、それはもはや労働基準法にいう時季の指定としての法的効力を生ずるものではない。この点は、右休暇届に対して校長が承認を与えた場合においても何ら変りはない。

いじようの検討したところからも明らかなとおり、いわゆる一斉休暇闘争にあたるか否かの判断にあたつては、休暇届の利用目的、時季、形式、業務の阻害の程度、休暇の利用内容等あらゆる事情を総合して慎重に決しなければならない。とりわけ、労働者において休暇届が事実上承認されず、あるいはこれに対して時季変更権が行使される場合を予測していたか否か、およびその場合に備えていつでも勤務し得る態勢にあつたか否か、休暇届提出者の各事業場に占める比率はどうか、適切な時季変更権行使のための最小限必要な時間的余裕をおいて休暇届を提出したか否か等の点に留意することが肝要である。

2  本件休暇闘争について

前叙のとおり、和教組は、昭和三三年五月一二日の拡闘委において、年次有給休暇の届出および措置要求手続等に関する細目を決定した。それによると、組合員である校長の立場を考慮し、休暇届を受理するけれども、承認しない、との方針であつた。そこで、右趣旨を記載した書面を各支部、分会等に送付して傘下組合員に周知させた。同年六月五日の本件休暇闘争に関しては、右指令が同月三日夜ないし四日朝各支部、分会等に到達したことから、同月四日昼ごろから休暇届が提出されはじめ、校長との間でその受理をめぐり、校長が最後まで受理を拒絶したところでは、校長の帰校後、あるいはその外出後に、一括して休暇届が提出された。一部の学校では、同月五日闘争日の朝、校長が登校してはじめて休暇届の提出を知るというところもあつた。そして、右休暇届およびその許否状況は、別紙第二集計表(一)記載のおりである。一方、休暇届に対する校長側の対応措置をみると、各所管の教育委員会から、事前に、休暇届を承認してはならない旨の業務命令を受けていたことから、大部分の校長は、早くから休暇届あるいは従来の慣行にしたがつた様式である休暇請求書が提出されても、一切許可しないとの意向を表明し、現に休暇届に対しては、正規に受理したものとはせず、単に事実上保管する扱いにとどめた。もつとも、一部の校長、すなわち、橋本市隅田中学校等の校長は、右業務命令に服さず、休暇届を承認した(この点は、〈証拠〉によつて認めることができる。)。そして、当日、闘争参加校の教員は、承認の有無を問わず、一斉に各職場を放棄、離脱したのである。

3  結論

以上のとおりであつて、本件休暇闘争は、本件勤評闘争の一環として、和教組が勤評規則の制定およびその実施に反対し、自らの主張を貫徹するために、各学校所属の傘下組合員が、学校における授業等の業務の正常な運営を阻害することを目的として、形式上は休暇届に依拠しつつ、年次有給休暇の権利行使に名をかりて、集団的に各職場を放棄、離脱したものであつて、その実質は同盟罷業そのものであり、したがつて、文理上は地公法三七条一項の争議行為に該当するものといわなければならない。

三地公法三七条一項は憲法二八条に違反するか

1  憲法二八条の意義

憲法二八条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」旨規定し、勤労者に対し、いわゆる労働基本権を保障している。その狙いとするところは、最高裁判所昭和三九年(あ)第二九六号同四一年一〇月二六日大法廷判決(刑集第二〇巻八号九〇一ページ)(いわゆる中郵判決)が指摘するとおり、「憲法二五条に定めるいわゆる生存権の保障を基本理念とし、勤労者に対して人間に値する生存を保障すべきものとする見地に立ち、一方で、憲法二七条の定めるところによつて、勤労の権利および勤労条件を保障するとともに、他方で、憲法二八条の定めるところによつて、経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として、その団結権、団体交渉権、争議権等を保障しようとするもの」である。

周知のとおり、労働基本権は、私所有権の絶対、契約の自由、過失責任の三原則を基調とするいわゆる古典的市民法原理の貫徹が、実際には、経済的弱者たる勤労者に窮乏と生活不安を強いる結果を招来する以外のなにものでもないという経験的事実の認識のもとに、勤労者が人間らしく生きるための賃金、人間らしく働くための環境等の、より良い勤労条件を獲得するためには、勤労者自らが互いに団結し、その団体行動を背景として、使用者と対峙するという方途しか存在し得なかつたという歴史的現実を直視し、本来かかる団結ならびに団体行動は、市民法原理と論理上矛盾・牴触する場合が生ずるにもかかわらず、独自の犯罪とされないことはもとより、市民法原理に照らしての違法評価に基づく刑事・民事の責任追求をも当然に排除すべきものとして、永年にわたる苦闘の末に獲得され、憲法上の保障を得るに至つたものである。それは、右のように、勤労者の勤労条件の改善・経済的地位の向上をはかることを直接の契機としながらも、他に生活の資を得るべきなにものをも有しない勤労者が、自らの唯一の生活手段である労働力の売却条件を、使用者の一方的決定に委ねることなく、自らが使用者と実質的に対等の立場において、その意思を直接に反映させ、決定し得ることを憲法上保障することによつて、勤労者をして、経済的地位の向上のみならず、すすんで人間としての尊厳を保持しつつ、社会的地位の向上を全うさせようとするものである。

憲法の保障する労働基本権は、以上の意味における勤労者の人間に値する生存を確保するという目的に奉仕する基本的かつ必要不可欠のものとして理解されなければならず、また、団結権、団体交渉権および争議権は、相互に密接不可分の関連を有するから、原則的には三権一体として保障されるべきものであつて、憲法も右趣旨を明らかにしているものと解されるのである。そして、この労働基本権は、憲法一一条、九九条が宣明するように、憲法が保障する他の基本的人権と同様「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたもの」である。

ところで、憲法二八条において労働基本権を保障されている「勤労者」とは、職業の種類を問わず、自己の労働力を他に売却することによつて賃金その他これに準ずる収入を得、これによつて生活する者をいうと解すべきであるところ、私企業の従業員のみならず、国家・地方公務員も右「勤労者」の実体をそなえている点において異なるところはないから、原則として、憲法二八条の労働基本権の保障は、国家・地方公務員に対してもおよぶものと解すべきである。

2公務員の労働基本権の制限の根拠およびその基準

しかしながら、かかる労働基本権も、具体的には現実の社会生活の場において行使されるものであるという権利の性質上、自己内部のみにとどまるような権利とは異なり、外部への働きかけとなつてあらわれるものであるから、その社会を構成する他人の外部的自由にかかわる基本権もしくはその他の法益との間に、矛盾・衝突を来たすことが避けがたい。したがつて、労働基本権といえども、なんらの制限をも許さない絶対的なものではないのであつて、ことに公務員については、その相当する職務の内容は、多かれ少なかれ公共性が認められるのであるから、公務員の労働基本権は、その職務遂行にかかわりを有する国民の権利その他の利益との間に矛盾・衝突を来たす可能性が、私企業従業員の場合との比較において、概して大きいといえるのである。かかる矛盾・衝突を避け、もしくは最小限のものにとどめるため、権利相互間に調整の措置が必要となる。このような矛盾・衝突の調整は各種各様の基本権が一つの統一的法秩序のもとで保障されているいじよう、不可避であり、その意味において、労働基本権も、基本権保障制度に内在する制限の存することは否定できないのである。

いじようの見地に立つて、具体的な法律による労働基本権のいかなる制限が、憲法上許容されるものか否かを判断するに際しては、前叙のとおりの労働基本権保障の意義をふまえ、前掲中郵判決が定立した次の四つの基準を十分考慮して、判断するのが相当であると考える。すなわち、

(一) 労働基本権の制限は、労働基本権を尊重確保する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量して、両者が適正な均衡を保つことを目途として決定すべきであるが、労働基本権が勤労者の生存権に直結し、それを保障するための重要な手段である点を考慮すれば、その制限は、合理性の認められる必要最小限度のものにとどめなければならない(第一基準)。

(二) 労働基本権の制限は、勤労者の提供する職務または業務の性質が公共性の強いものであり、したがつてその職務または業務の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものについて、これを避けるために必要やむを得ない場合について考慮されるべきである(第二基準)。

(三) 労働基本権の制限違反に伴う法律効果、すなわち、違反者に対して課せられる不利益については、必要な限度をこえないように、十分な配慮がなされなければならない。とくに、勤労者の争議行為等に対して刑事制裁を科することは、必要やむを得ない場合に限られるべきであり、同盟罷業、怠業のような単純な不作為を刑罰の対象とするについては、特別に慎重でなければならない(第三基準)。

(四) 職務または業務の性質上からして、労働基本権を制限することがやむを得ない場合には、これに見合う代償措置が講ぜられなければならない(第四基準)。

しかし、右四つの基準は、前叙のとおりの労働基本権の重要性に鑑みるときは、そのいずれかの基準に適合すれば、当該労働基本権の制限が憲法二八条に違反しないと評価されるというわけのものではなく、その制限が憲法上許容されるためには第一、第二基準に適合することを要し、第一、第二基準に適合し、その制限が憲法上許容される場合であつても、なお、第三、第四基準の示すとおり、違反に対する不利益は必要な限度を超えないように配慮されていること、その制限に見合う代償措置が講ぜられていることが必要であるという意味に理解しなければならないことは、当然の要請である。

そこで、地公法三七条一項が右基準に適合するかどうか検討する。

3  地公法三七条一項の文理解釈

地公法三七条一項は、「職員は、地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をし、又は地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。」と規定し、法文の単なる文理解釈からすれば、文字どおりすべての地方公務員の一切の争議行為を禁止していると解するほかはない。

4  地公法三七条一項制定の沿革

次に、地公法三七条一項制定の沿革に照らし、立法目的が奈辺にあるかを探求し、別異の合理的な解釈が可能であるかどうかを検討する。

(一) 昭和二一年三月一日から施行された旧労働組合法(昭和二〇年一二月二二日法律第五一号)は、その四条一項において、「警察官吏、消防職員及監獄に於て勤務する者は労働組合を結成し又は労働組合に加入することを得ず」、同条二項において、「前項に規定するものの外官吏・待遇官吏及公吏其の他国又は公共団体に使用せらるる者に関しては本法の適用に付命令を以て別段の定を為すことを得但し労働組合の結成及之に加入することの禁止又は制限に付ては此の限に在らず」と、それぞれ規定していたが、右二項にいう適用除外を規定した命令は定められなかつた。したがつて、右一項に規定する者を除いて、公務員は一般私企業の従業員と同様に労働基本権の行使をなんら妨げられなかつたのである。

(二) 昭和二一年一〇月一三日から施行された労働関係調整法(昭和二一年九月二七日法律第二五号)は同二七年法律第二八八号による改正前の旧三八条において、「警察官吏、消防職員、監獄において勤務する者その他国又は公共団体の現業以外の行政又は司法の事務に従事する官吏その他の者は、争議行為をなすことはできない。」と規定し、現業以外の公務員の争議行為を禁止したが、禁止違反者に対しては、「その違反行為について責任のある使用者若しくはその団体、労働者の団体又はその他の者若しくはその団体は、これを一万円以下の罰金に処する。」(旧三九条一項)としつつ、右の罪は「労働委員会の請求を待つてその罪を論ずる。」(旧四二条)こととした。そして、旧三八条の適用範囲について、昭和二二年一月二六日に発表された中央労働委員会の解釈に基づく厚生省労政局長の「労働関係調整法解釈例規第一号」は、官公署所属施設たる学校、講習所その他の教育養成施設の職員には、同条の適用がないものとしていた。したがつて、右法制下においても、現業公務員は、職務内容によつては保安施設の維持、抜打ち争議の禁止等の制限はあつたが、争議権そのものは保障されていたのであり、この点は教育公務員もまた同様であつた。

(三) 次いで、昭和二一年一一月三日に公布され、翌昭和二二年五月三日から施行された日本国憲法は、前記のとおり労働基本権を憲法上の権利として保障し、同年一〇月二一日に公布され、附則二条を除いて翌昭和二三年七月一日から施行された国家公務員法(昭和二二年一〇月二一日法律第一二〇号)には、公務員の労働基本権に関してなんら制限等を定めるところがなかつた。

(四) ところが、昭和二三年七月三一日から施行された政令第二〇一号(昭和二三年七月二二日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官書簡に基づく臨時措置に関する政令)は、その一条において、「任命によると雇傭によるとを問わず、国又は地方公共団体の職員の地位にある者(以下公務員といい、これに該当するか否かの疑義については、臨時人事委員会が決定する。)は、国又は地方公共団体に対しては、同盟罷業、怠業的行為等の脅威を裏付けとする拘束的性質を帯びた、いわゆる団体交渉権を有しない。但し、公務員又はその団体は、この政令の制限内において、個別的に又は団体的にその代表を通じて、苦情、意見、希望又は不満を表明し、且つ、これについて十分な話合をなし、証拠を提出することができるという意味において、国又は地方公共団体の当局と交渉する自由を否認されるものではない。」(一項)、「給与、服務等公務員の身分に関する事項に関して、従前国又は地方公共団体によつてとられたすべての措置については、この政令で定められた制限の趣旨に矛盾し、又は違反しない限り、引きつづき効力を有するものとする。」(二項)、「現に繋属中の国又は地方公共団体を関係当事者とするすべての斡旋、調停又は仲裁に関する手続は、中止される。爾後臨時人事委員会は、公務員の利益を保護する責任を有する機関となる。」(三項)、と規定し、同第二条において、「公務員は、何人といえども、同盟罷業又は怠業的行為をなし、その他国又は地方公共団体の業務の運営能率を阻害する争議手段をとつてはならない。」(一項)、「公務員でありながら前項の規定に違反する行為をした者は、国又は地方公共団体に対し、その保有する任命又は雇傭上の権利をもつて対抗することができない。」(二項)、と規定し、さらに同三条において、「第二条第一項の規定に違反した者は、これを一年以下の懲役又は五千円以下の罰金に処する。」と規定した。

これにより、公務員は、国家公務員、地方公務員を通じて、その現業、非現業を問わず、従前保有していた協約締結を含むいわば完全な団体交渉権を否定され、また現業においては新たに、非現業においては従前どおり業務の運営能率を阻害する一切の争議行為を禁止され、しかも禁止違反の行為をした者に対しては、懲役刑を含む罰則が適用されることになつたのである。

(五) そして、右政令の趣旨にそい昭和二三年一二月三日法律第二二二号により全面改正のうえ施行された国家公務員法は、従前二条三項で特別職としていた現業職員を一般職とし、これに国家公務員法を適用するものとしたうえ、九八条において、「職員は、政府が代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をなし、又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。」(五項)、「職員で同盟罷業その他前項の規定に違反する行為をした者は、その行為の開始とともに、国に対し、法令に基づいて保有する任命又は雇用上の権利をもつて、対抗することができない。」(六項)(なお、昭和四〇年五月一八日法律第六九号により、五項は二項に、六項は三項にそれぞれ改正された。)と規定し、一一〇条一項一七号において、「何人たるを問わず第九八条第五項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」は、三年以下の懲役または十万円以下の罰金に処する旨規定し、また一〇八条の五において、団体協約の締結を目的とする団体交渉を禁じ、現在に至つている(もつとも、従前公務員とされていた国鉄および専売の職員については、これらは日本国有鉄道法、日本専売公社法の制定により公務員でなくなり、同時に制定された公共企業体労働関係法の規制下におかれることとなり、争議行為は禁止されたが、労働協約締結権を含む団体交渉権は認められ、また争議禁止違反に対して罰則は存しないことになつた。その後昭和二七年には、電信電話事業も右同様に公共企業体として改組され、また郵政・林野・印刷・造幣・アルコール専売の五現業の公務員も同法の適用下におくこととされ、公共企業体等労働関係法と改称された。)。

(六) 昭和二五年に制定された地方公務員法(昭和二五年一二月一三日法律第二六一号)は、三七条において、「職員は、地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をし、又は地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。」(一項)、「職員で前項の規定に違反する行為をしたものは、その行為の開始とともに、地方公共団体に対し、法令又は条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に基づいて保有する任命上又は雇用上の権利をもつて対抗することができなくなるものとする。」(二項)と規定し、六一条四号において、「何人たるを問わず、第三七条第一項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」は、三年以下の懲役または十万円以下の罰金に処すると規定し、団体交渉権については、五五条において、団体協約締結権を含まないものとし、管理運営事項を交渉の対象とすることができないこととするなど種々制限を付したうえで認め、現在に至つている(もつとも、昭和二七年に制定、施行された地方公営企業労働関係法の適用下に入つた現業地方公務員については、争議行為は禁止されたが、労働協約締結権を含む団体交渉権が認められ、また争議禁止違反に対する罰則がないことは、前記公共企業体等労働関係法と同様である。)。

いじようのような制定の沿革から判断すると、地公法三七条一項は、国家公務員法九八条二項と同じく、政令第二〇一号の趣旨をそのまま受け継いで制定されたものであり、すべての一般職の地方公務員(ただし、地方公営企業労働関係法の制定により、その適用下に入つた者を除く。以下、単に地方公務員という。)の、一切の争議行為を禁止しているものと解するほかはない。

5  地公法三七条一項の違憲性

いじようにおいて検討したとおり、地公法三七条一項を、その文理および制定の沿革等によつて解釈すれば、右条項は、地方公務員の職務内容、性質に対応する公共性の強弱および職務の停廃をもたらす争議行為の態様、これによる地域住民生活全体への影響の程度等を全く顧慮することなく、すべての地方公務員の一切の争議行為を、一律・全面的に禁止したものと解するほかはないのである。

それでは、このような右条項は、さきに掲げた第一、第二基準に適合するのであろうか。以下において検討する。

(一) いうまでもなく、公務員の担当する職務は、これを一般的にいえば公共性を有するものであるから、地方公務員についても、争議権の行使による職務の停廃が、多かれ少なかれ地域の住民生活全体の利益に影響をおよぼすおそれがあることは否定できない。しかしながら、現代社会における行政機能の拡大、変質に伴う公務の多様化の中で、一概に地方公務員といつても、その担当する職務は千差万別であり、その公共性の質、程度にも強弱ざまざまなものがある。一方、かかる公務の遂行に対応する地域住民の利益にも、直接生命・身体および重要な財産にかかわるものから、単に日常的に享受する便益にとどまるものまで、多種多様なものがある。これをさらに敷衍すれば、たとえば、(1)消防職員・警察職員等のように、その職務の性質上、常時突発的事態に備えて待機する必要があり、しかも緊急出動を要するもので、それが地域住民の生命・身体および重要な財産の保護に直接にかかわつている職務で、しかも代替性の乏しいもの、(2)あるいは、病院業務のように、患者の生命・身体・健康という直接人の生命・身体にかかわる極めて重要な法益にかかわりを有し、しかも長期にわたる一貫した業務の継続的遂行が要求される反面、ある程度代替性があり、そのかぎりにおいて民間の同種施設と差異の認められないもの、(3)また、土木・経済部門の業務のごとく、時には災害に対する保全・復旧、生活必需物資の供給等高度の緊急性が要求される場合があるものの、概して平常は緊急性が低く、したがつて、その短期間の停廃は、事業計画あるいは住民に対するサービスが一時的かつ回復可能な範囲で停滞するというにとどまるもの、(4)さらには、公園の管理、公民館・図書館・博物館等の運営業務のように、住民に対するサービス的色彩が濃厚で、多くはいわば日常的な便益の提供に尽きるといい得るもの等々、さまざまであり、これらの職務の性質に応じて、その公共性の質、程度およびそれにかかわる住民生活上の利益・便益は、多種多様をきわめているのである。これを本件の公立小・中学校の教員について考えてみても、その職務は、公立小・中学校における義務教育を掌るものであり、高度の公共性を有し、地域住民の憲法上保障された教育を受ける権利に直接かかわるものとして、もとよりその停廃が住民の教育を受ける権利の実現という利益に多かれ少なかれ影響をおよぼすことは否定できないけれども、かかる教員の職務、その停廃により影響される住民の教育を受ける権利の実現という利益も、前叙の各種職務の場合と同じように、それぞれ他とは明らかに質的な差異があるのである。

しかも、同じく争議行為といつても、その種類・規模・態様にはさまざまなものがあり、これによる地域住民生活上への影響も、もとより同一に論ずることはできないのである。

ところで、すでに述べたように、労働基本権は、勤労者が人間としての尊厳を保持し、人たるに値する生存を確保するための必要不可欠な権利として、憲法上保障されたものであるから、安易に制限が認められるべきではなく、その職務の停廃が国民(地域住民)生活全体の利益に重大な障害をもたらすおそれのある場合について、かつ右の目的のために合理性の認められる必要最小限度のものにとどめられなければならないこと(前叙第一、第二基準)は当然の要請である。換言すれば、当該職務の性質が、単に一般的に多かれ少なかれ公共性を有するというのみでは足りず、さらに具体的に公共性の強いものであることが必要であり、しかもその職務遂行にかかわる住民生活上の利益も、単にそれが広範にわたるというのみではなく、労働基本権の行使により勤労者に保障される利益に匹敵もしくは優越し、これを制限してもなお保護されるに値する重要なものであることが必要なのである。そして、この場合であつても、制限の程度・方法は、住民生活上の利益が前叙のとおり多種多様であることに鑑み、これに即応しつつ、職務の停廃による不利益を避けるための必要最小限度のものにとどめなければならないのである(この点を考えるにあたつては、労働関係調整法所定の諸制度が考慮に値するといえる。)。

いじようのことは、労働基本権を保障している憲法二八条の趣旨からして当然のことであり、前掲中郵判決が、労働基本権の制限は、労働基本権を尊重確保する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量して、両者の適正な均衡を保つことを目途として決定すべきであるというのは(第一基準参照)、まさにこのことを指しているものと理解し得る。そして、右の判断は、具体的な事案ごとに慎重になされなければならず、たとえば前叙のように、警察・消防、病院業務、土木・経済部門、公園管理、図書館運営等にたずさわる職員、あるいは本件のごとき公立小・中学校の教員など、その職務の性質、これにかかわる地域住民の利益には、明らかに質的な差異があり、また職員の争議権の行使によるその職務の停廃等の態様にもさまざまなものがあることを考慮すれば、これら多種多様にわたる職務につき、地域住民の利益・便益が、常に必ず職員の労働基本権の行使に優先すべきであるとはいえないことは当然のことである。

ところが、前叙のとおり、地公法三七条一項は、すべての地方公務員について、一律・全面的に争議行為を禁止している。いうまでもなく争議権は、団結権、団体交渉権とともに労働基本権の一環を形成しており、後の二者は警察職員等を除き地方公務員にも不完全ながら保障されていること前叙のとおりであるが、労働基本権は相互に密接に結びついているものであるから、そのうちの一つを奪えば他の権利は実質的に形骸化してしまうおそれが大きいのであつて、なかんずく、争議権は、他の労働基本権を強化し、実質的に裏付けるものとして、これらの必要不可欠の前提をなす重要なものであり、これが剥奪されることは、とりもなおさず他の労働基本権の実質をも失わせることを意味するといつても過言ではない。まことに争議権は、勤労者にとつては、いわば最後の手段として行使すべき権利ではあるが、人たるに値する生存を実現するための必要不可欠な権利であるというべきである。したがつて、争議権のみの否定は労働基本権全体からみれば部分的な制限にすぎないという見解には到底賛同することはできない。

いじようのように検討してくると、地公法三七条一項は、職務の多種多様性、公共性の質、程度、それにかかわる地域住民生活上の利益の保護の必要性、職員の労働基本権を制限する必要性の程度、その方法等を具体的に問うことなく一律に、しかも労働基本権保障の実質を失わせる争議権の全面否定をしているものであつて、前叙第一、第二基準に明らかに適合しない。

(二) いじようのとおりであるから、地公法三七条一項が第一、第二基準に適合することを前提とするところの禁止違反に対する制裁の点(第三基準)については、もはや判断するまでもないのであるが、この点について付言すると、前叙のとおり、右禁止規定に違反して争議行為を行なつた者は、法令等に基づいて保有する任命上、雇用上の権利をもつて対抗することができないものとされ(同条二項)、右行為を共謀、企画等した者は、三年以下の懲役または十万円以下の罰金に処することとされている(同法六一条四号)。これは、争議行為の団体的性格よりすれば、すべての地方公務員に対し、民事上、刑事上の厳しい制裁をもつて争議行為を禁止しているものと評価せざるを得ず、前叙第三基準にも適合しない。

(三) 最後に、右(二)と同様、制限が憲法上許容される場合におけるいわゆる代償措置について付言すると、地公法の定めるそれは、後記のとおり十分なものとはいいがたく、前叙の第四基準にも適合しないものと考える。すなわち、地公法は、七条において、各地方公共団体に人事委員会もしくは公平委員会を設置することを義務づけており、八条においては、人事委員会の権限として、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件等について絶えず研究を行ない、その成果を議会、長あるいは任命権者に提出すること、人事機関および職員に関する条例の制定または改廃に関し、議会および長に意見を申し出ること、人事行政の運営に関し、任命権者に勧告すること、職員に対する給与の支払を監理すること、職員の勤務条件に関する措置要求を審査・判定し、必要な措置を執ること、不利益処分についての不服申立てに対する裁決または決定をすること等を定め(一項)、また公平委員会の権限として、右のうち措置要求の審査・判定、不利益処分に関する不服申立てに対する裁決・決定等について定めている(二項)。そして、具体的には、一四条、二四条三項のいわゆる情勢適応の原則により定められるべき職員の給与等について、二六条において、「人事委員会は、毎年少くとも一回、給料表が適当であるかどうかについて、地方公共団体の議会及び長に同時に報告するものとする。給与を決定する諸条件の変化により、給料表に定める給料額を増減することが適当であると認めるときは、あわせて適当な勧告をすることができる。」とし、四六条において、「職員は、給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、人事委員会又は公平委員会に対して、地方公共団体の当局により適当な措置が執られるべきことを要求することができる。」、四七条において、「前条に規定する要求があつたときは、人事委員会又は公平委員会は、事案について口頭審理その他の方法による審査を行い、事案を判定し、その結果に基づいて、その権限に属する事項については、自らこれを実行し、その他の事項については、当該事項に関し権限を有する地方公共団体の機関に対し、必要な勧告をしなければならない。」とそれぞれ規定している。また、四九条の二において、職員に懲戒その他の不利益処分に関する人事委員会または公平委員会に対する不服申立権を保障し、五〇条において、右不服申立てに対する人事委員会または公平委員会の審査等執るべき措置を定め、「人事委員会又は公平委員会は、第一項に規定する審査の結果に基づいて、その処分を承認し、修正し、又は取消し、及び必要がある場合においては、任命権者にその職員の受けるべきであつた給与その他の給付を回復するため必要で且つ適切な措置をさせる等その職員がその処分によつて受けた不当な取り扱いを是正するための指示をしなければならない。」(三項)と規定している。

これらの諸規定をみると、たしかに争議権の行使により解決しようとする事項を一応網羅しており、形の上では労働基本権の制限ことに争議権の全面否認の代償としての制度が設けられているようにみえる。しかしながら、労働基本権、とりわけ争議権の前叙のような重要性に鑑みるならば、その制限が許容される場合であつても、本来代償措置は、その代償としての実効性をあげ得るような、実質的に有効に機能するものでなければならない。ところが地公法の規定するところは、次のとおりその代償としての実効性に疑問があり、必ずしも十分とはいえない。

まず、第一に、人事委員会または公平委員会の構成が、いわば対抗関係にある地方公共団体の当局と職員もしくは職員団体から中立性を確保できるよう制度上保障されているとはいいがたいことである。すなわち、九条において規定するように、委員は、議会の同意を経るにしても、地方公共団体当局が人選し、その長が任命することになつているのであり、勤務関係におけるいわば使用者側の立場において人選されるおそれがないとはいえず、労働委員会あるいは公共企業体等労働委員会のような使用者・労働者・公益の各代表者による三者構成に比して、中立性確保の点において制度上劣ることは否定できず、職員の意思を汲み上げるしくみとしては不十分であるといわざるを得ない。

次に、給与その他の勤務条件に関する勧告は、地方公共団体の議会その他の機関をなんら法的に拘束するものではなく、相手機関の誠実な実施に期待するよりほかはないのである。もつとも、現実には、勧告・指示が実施されないことはほとんどないにしても、制度としては不十分のそしりを免れないであろう。ちなみに、地方公営企業労働関係法は、仲裁裁定を実施するため、地方公共団体の長に議案の提出義務を、長その他の機関に規則その他の規程の改正・廃止の措置義務を規定している(一六条二項、八条、九条)。

前叙のとおり、憲法が保障する労働基本権、なかんずく、争議権保障の意味は、勤労者が、その生活の資を得べき唯一の手段である労働力の売却にあたつて、その対価の決定について、これを使用者その他の恩恵的施与に委ねるのではなく、団体行動を背景とする強固な団結によつて、使用者と実質的に対当の立場に立ち、自からが直接に参加して、その意思に基づいて決定していくことを権利として保障することが、勤労者が人間としての尊厳を保持し、その経済的地位のみならず、社会的地位の向上に連らなるとの視点に立つて、これを憲法上の権利として保障しているのであり、単に結果として勤務条件の向上等の経済的利益のみに着目すべきものではない。したがつて、かかる権利を尊重しつつ、これに匹敵もしくは優越する利益との矛盾、衝突を避けるための調整の措置として右権利を制限する場合に設けられるべき代償措置は、右労働基本権保障の意義、なかんずく、その実質をそこなわないように十分配慮が尽くされたものでなければならない。ところが地公法の規定するところは、職員の意思を反映させるしくみとして制度上不十分のうらみがあるばかりか、勧告・指示等の実効性も、当局の誠意に期待する以上のものではないともいえるのであつて、このようにみてくると、一応形の上では代償措置制度が設けられてはいるようにみえるが、これをもつて争議行為を全面的に禁止することの代償としては未だ十分なものとはいい得ない。

(四) 以上のとおりであつて、地公法三七条一項は、さきに労働基本権の制限が憲法上許容されるための判断の基準として定立したところに照らして検討すると、その第一、第二基準に適合しないものであるから、憲法二八条に違反し、加うるに、第三、第四基準にも適合しないと判断される。

6  いわゆる合憲解釈について

(一) 最高裁判所昭和四一年(あ)第四〇一号同四四年四月二日大法廷判決(刑集二三巻五号三〇五ぺージ、いわゆる都教組刑事判決)は、地公法三七条一項・六一条四号に関し、右規定が文字どおりすべての公務員の一切の争議行為を禁止し、その遂行をあおる等の行為をすべて処罰する趣旨と解すべきものとすれば、いずれも違憲の疑いを免れないとしつつ、法律の規定は可能なかぎり憲法の精神にそくして、これと調和し得るよう合理的に解釈されるべきものであり、右規定も合理的解釈によつて規制の限界が認められるから、直ちにこれを違憲無効とすることはできないとし、右の規制の限界については、地方公務員の具体的行為が禁止の対象たる争議行為に該当するかどうかは、争議行為を禁止することによつて保護しようとする法益と、労働基本権を尊重し保障することによつて実現しようとする法益との比較衡量により、両者の要請を適切に調整する見地から判断することが必要である、と判示した。

(二) しかしながら、法律の規定は可能なかぎり憲法の精神にそくして、これと調和し得るよう合理的に解釈すべきものであるという法解釈に関する基本的準則が適用されるのは、法文の解釈が明確に広狭二義に解釈し得る場合であつて、かつ、立法目的に照らしそのいずれの解釈が合理的であるか特定できない場合にかぎられるものと解される。そして、

(1) 広狭二義いずれにも解し得るとするためには、法文上狭義に解したときに法文に含まれる部分と除外される部分が、観念上のみならず、言葉の平明な意味においても明確に区分され得ることが必要である。何故ならば、特に本件のごとく国民の権利の制限にかかわる法規は、国民の権利行使に際して一定の行為規範となるべきものであるから、誰のいかなる行為が制限されているのか、違反のもたらす結果はいかなるものかが国民に対し適正に告知・宣明されているといえるものでなければならない。このことは、ひとり刑罰法規の場合にかぎらず、本件のごとく憲法上保障されている基本的人権の行使にかかわるもので、違反に対して懲戒処分その他の不利益が予定されているものについても、また当然の要請といわなければならない。もし、仮りにもこの点を看過するならば、部分的にも明らかに合理性の認められない権利制限立法でないかぎり、観念的には一応狭義の解釈があり得るといえるから、その故をもつて違憲判断を回避し、当該紛争かぎりの判断に終始するならば、結局において国民にとつては、裁判になつてみなければ法規の意味内容が判明しないということになり、国民の行為規範としての法規の存在目的のほとんどは失われてしまうことになる。その結果、国民にとつては、権利行使に際し、それが果して法規によつて制限されているものか否かの判断ができなくなるため、おのずから権利行使に消極的になるであろうし、また、ひとたび敢えて権利を行使した場合には、捜査官憲あるいは行政当局が、一応刑罰法規や行政処分の対象となるものと解釈して、職権を発動することになるであろう。いずれ最終的には、裁判所の判断によつてその適否が明らかにされるとしても、それまでの危険は国民が自ら負担しなければならないのであつて、本来の権利保障の実質をそこなうことになることは明らかである。

(2) さらに、右のようにして一応法文上は広狭二義に解し得る場合であつても、法規が憲法上許容される範囲内の制限を規定しているとの解釈をとることにより、かえって、当該法規の制定の沿革、関連条文等適切な資料から明らかにされた立法の目的を無視し、歪曲する結果になる場合には、それにもかかわらず敢えて合憲解釈をとることは、とりもなおさず国民の多数者の意思と擬制される議会の立法権を侵し、司法権の名において裁判所が当該法規を新たな立法目的を有するものに変質させることにほかならないのであつて、実質的には立法作用を行なうに等しく、本来の権限を超えるものになるというべきである。したがつて、このような場合には、裁判所としては違憲判断を回避することはできないのである。

(三) いじようの視点から地公法三七条一項を検討すると、それは、前叙のとおり法文上なんらの限定もなく、すべての地方公務員の、いかなる争議行為をも、一律・全面的に禁止しているものとしか解釈することはできないのである。公務の性質が公共性の強いものであり、その停廃が住民生活全体の利益を害し、住民生活に重大な障害をもたらすおそれの大きいものについて、これを避けるため必要やむを得ない場合に、合理性の認められる必要最小限度において、地方公務員の争議行為を禁止することが、憲法二八条の保障する労働基本権の制限として許容されることがあるとしても、地公法三七条一項を、このように制限的に解し、その範囲内にある争議行為と、除外され規制から外される争議行為とを明確に区分する基準は、法文上に見出すことはもちろん、国民に対し、これを平明な言葉で適正に告知・宣明することも容易ではない。また、地方公務員の職務の公共性、住民生活全体の利益、争議行為の規模・態様等その量的、質的の組合わせによつて、争議行為そのものが多種多様なものとなり得ることよりすれば、裁判例の集積による右基準の定立もまた必ずしも容易なことではない。そうすると、なによりも右条項は、地方公務員の労働基本権の行使についての行為規範として明確性を欠くことになり、それ故に労働基本権保障の実質をそこなうおそれが大きいというべきである。

したがつて、地公法三七条一項は、とうてい法文上広狭二義に解する余地はないのであり、加えて、前叙のとおり制定の沿革、立法の目的等に照らしても、一定の争議行為のみを限定的に禁止するものとして立法されたものではなく、また、立法当時予測し得なかつた事象が問題となつているわけではないことも明らかである。そうすると、いわゆる合憲解釈の妥当する余地はないものといわざるを得ない。このような場合に、敢えて合憲解釈をとり、明確な違憲判断を回避するならば、裁判所に付与されている違憲立法審査権は無いのに等しいであろう。

7  被告の主張について

被告は、「公務員は、憲法一五条二項に規定されているとおり全体の奉仕者であつて、使用者である国民または地域住民の信託を受けている者である。換言すれば、公務員の場合私企業の労働者と異なつて、使用者は、公務員労働者を含む国民全体なのであり、公務員の労務提供の対価は、国民全体が税の形態において負うところのものによつてまかなわれ、同時にまた、その業務の内容も、本来的に公共の福祉を目的とし、国民全体の共同の利益に関し、国民生活に密接につながる性質のものである。したがつて、公務員の争議行為は、私企業の場合と異なり、たずさわる職務の性質上直ちに公務員を含む国民全体の共同の利益を害し、本来的に国民生活にも重大な影響をおよぼすべき性質を有する。しかも、私企業の場合争議行為が労働条件決定について有する意味は、相互の経済的力であり、この力の行使は市場の抑制力によつてチェックされる。ところが、公務員の場合争議行為が労働条件の決定について有する意味は、相互の経済的力関係ではなく、むしろ政治的力関係であり、私企業におけるのと異なり市場の抑制力が働かず、そのため争議の力は、不当な政治的力となり、国民または地域住民を代表する政府機構が税の配分その他につき秩序正しい機能を果すことを妨げることとなりかねない。」、「公務員に対し争議権を許容しなければならないとした場合、労働組合の不当な力によつて議会の適切な審議と決定が歪められ、さらには破壊されることにもなりかねない。」、代償措置として、「身分、任免、服務、給与その他の勤務条件につき、詳細な規定を設け、公務員は、法律によつて定められる給与準則に基づいて給与を受け、その給与準則には俸給表のほか、法定事項が規定され、法定の勤務条件を享有することとされている」し、さらに人事委員会、公平委員会が設けられているから、争議行為の禁止の代償として十分であると主張する。

しかしながら、当裁判所は、かかる主張は、すべての地方公務員のあらゆる争議行為を一律・全面的に禁止することの根拠とはなしがたいと考える。すなわち(一) 公務員の使用者は、公務員をも含む国民もしくは地域住民全体であるとする点については、実際に公務員を使用し、労務を管理し、指揮命令するのは、政府もしくは地方公共団体の当局であるから、その労働関係は、当局対公務員という対抗関係として把握すべきものである。ところで、公務員はたしかに全体の奉仕者であり、一部の奉仕者ではない。しかし、憲法一五条二項がこの旨を規定している趣旨は、明治憲法下においては、官吏は、主権者であり統治権の総攬者であつた天皇の使用人として、その権力行使のためのいわば手足としての使命を課せられていたのに対し、日本国憲法のもとでは、国民主権へ理念の転換がなされたことから、公務員の職務遂行にあたつても、一党一派に偏し、これのみに奉仕するものであつてはならないことを厳に明らかにし、執務における公正を要求しているのにとどまり、したがつて、全体の奉仕者であることから、公務員の使用者が国民全体であるとか、その労務提供義務の相手方が国民全体であるといつた論理的帰結をもたらすものではない。したがつて、そのことから、勤務条件決定の関係における、公務員の当局への一方的な隷属性を導き出すことはできないし、また、国民もしくは地域住民の権利その他の利益、便益が、常に当然に公務員の労働基本権に優先すべきものであるという結論を引き出すこともできない。この点は、すでに述べたところでも明らかであるが、一概に公務員の職務といつても多種多様で、その公共性の質、程度にもさまざまなものがあり、これに対応して、国民もしくは地域住民の利益も、直接生命、身体、健康にかかわるものから、単なる日常的な便益にとどまるものまで、あるいは、日々多数の国民がかかわりを有するものから、比較的少数の人達がかかわりを有するにとどまるものまで、質的、量的に千差万別のものがある。加うるに、争議行為の規模、態様にも、さまざまなものがあり、前叙のような労働基本権の重要性に鑑みれば、右のような千差万別にわたる国民もしくは地域住民の利益、便益が、常に必ず公務員の争議権等の労働基本権に優先しなければならないという合理的根拠は見出しがたい。また、医療施設、学校経営等について、公営、公立のそれと民間のそれを比較しても、その職務に決定的な質的差異は見出しがたく、また、一地方公共団体の図書館、博物館等と、民間のいわゆる公共企業等を比較したとき、これらに対し日々直接かかわりを有する住民の数、範囲は、むしろ民間の公共企業の方が大きい場合もあり得るのであつて、すべての公務員の争議行為は、私企業の場合とは異なり、本来的に国民もしくは地域住民の生活に重大な影響をおよぼすべき性質を有する、とは直ちに断言できないのである。

(二) 次に、被告は、公務員と私企業の労働者との相違点として、公務員の場合は、労務提供の対価が税収によつていること、市場の抑制力が働かないので、争議の力は政府の機能に対する不当な政治的力となる、と主張する。しかし、右にいう労務提供の対価とは、勤労者が自己の労働力を使用者に売却することに対する反対給付であり、この点は、公務員も勤労者であるいじよう、私企業の労働者と差異はなく、その支払の財源がなんであるかによつて、右対価を含めた勤務条件の向上を志向する労働基本権の制限の可否が、別異に決せられるべき筋合のものではないはずである。また、市場の抑制力については、その前提とする市場における自由競争自体が、現在諸々の変質をとげているのであり、独占的企業、あるいは、設立、料金決定等が所轄大臣の許認可にかかつている民間のいわゆる公共企業等、市場の抑制力が必ずしもそのまま妥当しない私企業においても、労働関係調整法による公益的見地からする規制を受ける企業があることはともかく、そのことが直ちに労働基本権の制限、なかんずく、争議行為の全面禁止には結びついていないことよりすれば、公務員の労働基本権の制限の可否を論ずるにあたつて、ことさらに市場の抑制力の有無を問題にすることも、また当を得ないものであると考える。

(三) 被告は、公務員の争議行為は議会の審議権を侵すことになると主張する。たしかに、地方公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定めることとされ(地公法二四条六項)、右条例に基づかずには、いかなる金銭または有価物も支給してはならないこととされている(同法二五条一項)。その趣旨は、給与支給の財源が主として税収によつており、勤務時間その他の勤務条件の変更が、地域住民の公務遂行に対応する利益と密接にかかわるが故に、いずれも、地域住民全体の意思と擬制される議会の議決に委ねるのを相当とする、というにあつて、それなりに合理性があるといえる。したがつて、争議権等労働基本権の行使によつて、当局との間の協約により即座に勤務条件の変更を求めることは不可能であることは承認しなければならないけれども、議案の提出権を有する地方公共団体の長(地方自治法一四九条一号)と表裏の関係にある当局に、かかる勤務条件変更についての議案の検討、提出義務を負わせることは、立法的に可能なはずであり(地方公営企業労働関係法八条ないし一〇条の例がある。)、何ら議会の審議権とは牴触しない。また、前記の地公法二四条六項は、勤務条件の細部にわたつてまで、すべて議会において決定しなければならないことを定めているのではなく、現実には、細則は、地方公共団体の長その他の機関の定める規則その他の規程に委ねられている場合が多いのであるから、かかる場合に、職員が、法律・条例に牴触しないかぎりにおいて、当局にその改廃を要求し、交渉し、あるいは団体行動をすることは、講会の審議権そのものとは無関係のことであり、いわんや議会の審議権を侵すことにならないことは明らかである。

(四) 被告は、職員の争議行為を禁止する代償措置として、人事委員会、公平委員会の存在、勤務条件の法定を主張する。しかし、地公法に定める人事委員会、公平委員会が、争議行為の全面禁止に対する代償措置として、必ずしも十分であるといいがたいことは前叙のとおりであり、勤務条件の法定についても、職員にとつて、みだりに勤務条件を変更されないという利益があることは認められるにしても、争議行為劇禁止された職員が、かかる勤務条件の決定について、その意思を反映させる方法は、団体協約締結権のない交渉により、当局にその希望を申し出ることができるのみで、また、人事委員会、公平委員会に対する措置要求についても前叙のとおりであり、さらに、分限および懲戒の基準の法定(同法二七条ないし二九条)等も、いずれも争議権否認の代償として十分であるとはいいがたい。以上のとおりであつて、被告の主張する代償措置は、争議行為の全面的な禁止に対する代償としては、必ずしも十分なものとはいえないのである。しかも、前掲第一、第二基準に照らせば、前叙のとおり、すべての地方公務員のあらゆる争議行為を一律・全面的に禁止することが憲法の許容しないところであるいじよう、仮りに、いわゆる代償措置が十分なものであつても、かかる禁止は憲法二八条に違反するといわざるを得ない。

いじようのとおりであつて、被告の主張するところは、いずれも地公法三七条一項の合憲性の根拠とはなし得ないと考える。

8  結論

いじようのとおりであるから、地方公務員の争議行為の一律・全面禁止を規定する地公法三七条一項は、憲法二八条に明らかに違反し、無効である。

四懲戒権の濫用について

いじようのとおり地公法三七条一項は憲法二八条に違反して無効というべきであるが、仮りに合憲であるとしても、以下に述べるとおり本件懲戒処分は懲戒権の濫用にあたり、違法であるから、取消しを免れない。

1  はじめに

地公法二九条一項は、「職員が左の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。」と規定し、懲戒事由として、地公法等の法律またはこれに基づく条例、規則もしくは規程違反(一号)、職務上の義務違反等(二号)、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行(三号)を限定列挙することによつて懲戒処分の性質が、全体の奉仕者である職員の一定の規律保持、職務義務違背に対し、任命権者により職場内における秩序維持の見地から、その規範的、道義的責任を追求して科されるところの制裁であることを明らかにする一方、他面、懲戒権の行使が、職員の身分に対しきわめて重大な不利益をもたらすものであることに鑑み、同法二七条一項は、「すべて職員の懲戒については、公正でなければならない。」と規定し、もつて、懲戒権者に対し懲戒処分が合理的、客観的な裁量の範囲内において適正に行使され、いやしくも恣意にわたることのないように厳しく戒め、さらに同条三項は、「職員は、この法律で定める事由による場合でなければ、懲戒処分を受けることがない。」と規定し、職員の身分を保障している。すなわち、懲戒権者は、懲戒処分として前掲規定の順序にしたがつて順次軽い処分から重い処分になる戒告、減給、停職、免職の各処分をすることができるが、懲戒権の行使およびその種類の選択にあたつては、憲法二八条が地方公務員に対しても労働基本権を保障している趣旨に照らし、かつ地公法が前叙のとおり懲戒処分が公正に行なわれるべきことを求め、地方公務員の身分を保障していることに十分思いを致し、必要な限度で合理的かつ客観的に適正な範囲内において行なわれなければならないものである。そして、地方公務員の職種や職務内容は多岐にわたり、したがつてまたその公共性の強弱もさまざまである。また、地方公務員が行なう争議行為もその目的、態様、規模等において多様であり、それによる公務の停廃が国民生活全体の利益を侵害し、国民生活にもたらす影響もそれに応じて多種多様である。したがつて、懲戒権者としては、争議行為の当該事案にそくしつつ、当該職員の職務内容、当該行為の動機・手段・性質、職場秩序違背の程度、国民生活にもたらした影響等を総合的に判断して慎重に決すべきことが要望されているのであつて、仮りにも社会通念上あるいは職場の慣行上著しく権衡を失するような処分の選択がなされることのないよう要求されているのである。

とりわけ、懲戒免職処分は、被処分者をその職場から追放し、職員たる地位を一方的に剥奪する処分であつて、そのよつて立つ生活の基盤を根底から覆滅させる危険性がきわめて大きいのみならず、さらに右処分を受けた場合には、恩給法五一条一項一号により恩給受給資格を失い、地方公務員等共済組合法一一一条一項、同法施行令二七条一項二号により長期給付金のうち一定割合について支給しないこととされるなど、その社会的、経済的不利益の程度は他の種類の懲戒処分とは明らかに質的に差異のあるきわめて重大なものである。

しかも、本件は、地方公務員のうちでも、和歌山県下の公立小・中学校職員により組織された職員団体によつて行なわれた争議行為であるから、懲戒権の行使にあたつては当然のことながら、教員の地位、学校教育の本質、職務の特殊性等について十分の考慮を払わなければならない。

以上の諸点をふまえ、本件懲戒処分が必要限度を超えたものとして懲戒権の濫用になる違法のものかどうかについて検討する。

2  小・中学校教員の職務、その停廃による影響

(一) 教育の本質

教育は、いうまでもなく未来に向つて無限の可能性を有する子どもが、自らの学習によつて事物を知覚、観察し、その資質、能力に応じて、自らの人間性を開花成長させて行く過程を実質的に担保し、充足させるために行なわれるものにほかならないのであり、これによつて子どもをして学問および芸術を愛し、国民として勤労を尊び、自他をいつくしみ、現在および未来にわたつて人類の築いた文化遺産を継承、発展させ、もつて心身共に健全な人格者として完成させることを目的とするものであつて、それは高度に精神的・文化的かつ創造的な営みである。そして、憲法二五条は、すべての国民に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障し、国に対してかかる生存権的基本権を実効あらしめるための諸施策の実施を義務づけるとともに、同二六条一項は、「すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と定め、国民一人一人に対して能力に応じた教育を受ける権利を保障するとともに、国に対し教育を受ける権利を実現するための立法その他の諸措置を講ずべき責務を宣明している。

これは、無限の可能態としての子どもには、生来自らの学習を通じて人類の精神的資産たる知識・経験を修得し、自らの人間性を開花、成長させ、人格を完成させて行く権利のあることを認め、かかる権利を実質あらしめることは、とりもなおさず憲法の平和主義、民主主義の根本理念にも合致する所以であることを明らかにしたものである。

憲法の右条規を受けて教育基本法は、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」(一条)と定めているのである。

(二) 学校教育の重要性

前叙のような子どもの教育を受ける権利(学習する権利)に対応し、これを保障する義務は、本来的には親にあるが、それが社会的に組織化された親義務の委託に基づいて、教員の教育権が行使される。もちろん、教育の目的は、たんに学校教育にかぎらず、家庭教育、社会教育等のあらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならないものではある(同法二条)けれども、現代社会の急激な発展にともなつて生起する価値の混迷多様化、知識・情報の錯雑化等の諸相は、我々をして家庭教育あるいは社会教育等の実践活動におのずから一定め限度があることを痛感させるのであり、人的、物的に整備確立された組織的制度としての学校で営まれる教育こそ、まさしく現代社会において最重要な地位を占め、子どもの教育を受ける権利を充足するのに最も適しているものであることは否定できない。

このため、教員は、子どもが文化を継続し、真理を学び、自らの能力を開花、成長させていくにあたつて、教育の専門家として学問研究の成果を正しく伝達指導するきわめて高度の文化的営為にあたるものであるから、教員には子どもの発達に対する理解とともに、学問に対する叡知、教育方法についての不断の専門的研究が要請されるのである。

(三) 小・中学校教育の目的・内容

(1) 目的

憲法二六条二項前段は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。」と規定し、これを受けて教育基本法四条一項は、「国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。」と規定している。そして、学校教育法は、「小学校は、心身の発達に応じて、初等普通教育を施すことを目的」(一七条)とし、右目的を実現するため、以下の目標、すなわち、「一 学校内外の社会生活の経験に基づき、人間相互の関係について、正しい理解と協同、自主及び自律の精神を養うこと。二 郷土及び国家の現状と伝統について、正しい理解に導き、進んで国際協調の精神を養うこと。三 日常生活に必要な衣、食、住、産業等について、基礎的な理解と技能を養うこと。四 日常生活に必要な国語を、正しく理解し、使用する能力を養うこと。五 日常生活に必要な数量的な関係を、正しく理解し、処理する能力を養うこと。六 日常生活における自然現象を科学的に観察し、処理する能力を養うこと。七 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養い、心身の調和的発達を図ること、八 生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸等について、基礎的な理解と技能を養うこと。」の目標の達成に努めなければならないとし(一八条)、修業年限は六年とし(一九条)、保護者は子女の満六才に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満十二才に達した日の属する学年の終りまで、就学させる義務を負う(二二条一項)ものとされている。さらに、「中学校は、小学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、中等普通教育を施すことを目的」(三五条)とし、右目的を実現するため、以下の目標すなわち、「一 小学校における教育の目標をなお充分に達成して、国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと。二 社会に必要な職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと。三 学校内外における社会的活動を促進し、その感情を正しく導き、公正な判断力を養うこと。」の目標の達成に努めなければならない(三六条)とし、修業年限は三年とし(三七条)、保護者は子女が小学校の課程を終了した日の翌日以後における最初の学年の初めから満十五才に達した日の属する学年の終りまで、就学させる義務を負う(三九条一項)ものとされている。

これを要するに、小学校、中学校における初等、中等普通教育は、それが有機的一体となつて自己完結的な制度としての義務教育九年間の全課程内容を形成し、各々段階を異にこそすれ、前者の基礎の上に立つて後者が行われ、相互に計画的、系統的連関を予定しつつ円滑に進められるのであり、究極的には全課程の終了によつて子どもの精神的肉体的機能を調和を保ちつつ発達させ、国家、社会の有為な形成者として必要とされる資質および基礎的知識、技能を修得させることを目的としているということができる。そして、小学校においては、いわば日常生活において生起する基本的な諸事象を適切に対応処理できる能力を養い育てることに主眼が置かれるのに対し、中学校においては、子どもの社会における構成員としての自覚を養い、職業的視野を開発し、必要な能力・資質を養い育てることを目標としている。

(2) 教育の内容

前叙の各目的、目標を達成するために必要とされる教科に関する事項は、監督庁がこれを定めることとし(学校教育法二〇条、三八条)ているが、特に学校教育の根幹をなすべき教育課程については、法規をもつて、小学校は国語、社会、算数その他の各教科、道徳ならびに特別活動により、中学校は国語、社会、数学その他の各必修教科、外国語、農業、工業その他の各選択教科、道徳および特別活動により、各編成することとしている(同法施行規則二四条一項、二五条、五三条、五四条の二、小学校学習指導要領(昭和四三年七月一一日号外文部省告示二六八号)、中学校学習指導要領(昭和四四年四月一四日号外同告示一九九号)参照。)。そして、各教科、道徳および特別活動にあてられるべき授業時数ならびに各学年毎の総授業時数は同規則の各別表に定める時数を標準とし(二四条の二、五四条)、右別表において学年、教科の各区分にしたがい授業時数を定めるほか、前叙各指導要領をもつてさらに詳細に授業時数編成にあたつての配慮事項を定めている(第一章第一)。

もとより、教育課程の編成にあたつては、各学年相互、広くは各普通教育課程相互における連関を十分に考慮しつつ、系統的に策立させることが肝要ではあるが、決して硬直に運用されるべきものではないのであり、このことは、同規則において二、三の特例を設け(二五条の二ないし二六条の二、五五条)、前叙指導要領において、「地域や学校の実態および児童(生徒)の心身の発達段階と特性をじゆうぶん考慮して適切な教育課程を編成す」べきもの(第一章第一)としていることからも明らかである。そして、右指導要領の拘束力あるいは教育課程編成権の主体等については争いがあるけれども、いずれにしても各学校において教育課程編成の自主性が確保されなければならないことは勿論である。

(3) 年間教育計画の実際

〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、右認定の事実に反する証拠はない。

小・中学校における普通教育は、具体的には各学校において年度初頭に全教員の協力のもとに作成される年間教育計画に則つて行なわれる。

まず、小学校においては、学校の実態、地域的特殊性等を考慮した当該年度における学校全体の教育目標、教育方針を立案し、これに基づいて同年度における研究事項および教育計画、行事計画を確定し、各学年を通じて各教科毎に学習指導あるいは生活指導上の努力目標を設定する。そして、右年間計画に依拠する学習計画を、各学年毎に学級担任の教員によつて構成する学年会において決定する。その際、前掲学校教育法施行規則所定の授業時数を確保するよう留意し、あわせて前掲指導要領の規定を参酌しながら、地域や学校の実態、学年の特殊性等を充分に考慮する。こうして、各学期単位の計画概要を樹てたのち、さらに、詳細におよぶ月間、週間単位の授業計画を、各教員がそれぞれその担当学級における児童の理解力、心身の状況に応じ、独自の指導方法に基づいて編成する。

次に、中学校については、年度初頭各教科毎に担当教員が集まつて年間計画および各学期単位の計画概要を樹て、これに基づいて各教員がそれぞれ詳細にわたる授業計画を編成し、これが実施にあたつては、常時互いの指導方法、進度等について意見を交換し、調整し合つて調和を保ちながら、全体として系統的、発展的な指導のもとに、学年末には当初の目標を達成できるように努めている。

しかしながら、このようにして編成される年間授業計画は、もともと大綱を定めた基準であるから、不変不動のものではあり得ず、当初の計画どおりの順序で行なわれるものとは限らない。時には、授業計画の前後を組み替えた方が児童・生徒の理解に資する場合があり、あるいは児童・生徒の身近にある関心事についてその学習意欲の盛り上りを助長し、必ずしも時間数にこだわることなく、問題を深く掘り下げた密度の濃い授業を実施することが、他の教科等に対する理解をも容易にし、結果的にはかえつて授業計画の達成にプラスとなる場合もある。あるいはまた、生活指導上の問題が生起し、ために教科指導の時間を割愛してその解決、指導にあたることが、教育上望ましい場合もある。そのほか、インフルエンザ等の疾病、台風等の天災による臨時休校の事態が発生したり、教員の病休、年休、出張等も決して稀ではない。

このようにして、当初の授業計画は、場合によつては相当大幅におよぶ修正、変更を余儀なくされることがある。本来、教育は、前叙のとおりその対象が不断に成長を遂げつつある子どもであるから、当初の授業計画を画一的、機械的に押し進めることは、かえつて教育の目的に反する結果になる。かかる視点から、当初の授業計画自体も、決して、細部にわたり不可変更的なものとして編成されているのではなく、機に臨み時に応じて適宜の修正、変更を見越し、余裕をもつて編成されている。

そして、このように修正、変更された授業は、最短期間内に補充、回復する措置が講じられる。すなわち、補習授業、他の教員による授業、あるいは自習監督等によつて、可能なかぎり授業計画への影響を少なくする努力が払われる。そのほか、以後における授業方法を工夫することによつても、相当程度の調整が可能である。

(四) 小・中学校教員の職務

学校教育法二八条四項(改正前)、四〇条は、小・中学校の「教諭は児童の教育を掌る。」と規定している。教員は、真理を探究し、芸術を愛し、自由な教育研究と子どもの成長発展の自然的法則について専門的知識を有し、子どもの発達に適切に即応して教材を与え、その人間としての交流を通じて子どもの天賦の個性を伸ばし、能力を啓発することのできる教育の専門家であることが期待されるのである。これが右にいうところの「教育を掌る」ことの実質的内容である。これをさらに具体的にいうならば、教室における教科指導、特別教育活動および学校行事の実施、児童・生徒に対する事実上の懲戒処分等の教育活動はもちろん、前叙教育計画の立案、教材の選定、準備、成績評価等のいわゆる間接教育活動、さらには出席薄、通信薄、学校日誌等の作成、記入、教室、教材、教具の管理等の教務がこれに含まれるほか、現実には、教務外にわたる金銭の徴収、保管等雑務にもおよぶ極めて広範囲のものである。まことに、教員は、教育の基本を担なう学校教育の中枢にあるものとして、教育理念に則り、これを実現させていくべき重大な公約使命を負つているものであり、かかる職責を全うするため、不断に子どもの発達と教育の内容についての研究につとめ、授業研究と結びついた創造的な実践活動を心がけることが要請されている。

このように、小・中学校教員の職務は、義務教育に直接たずさわることを通じて、憲法に定める生存権的基本権の文化的側面をなす子どもの教育を受ける権利を実質あらしめるという意味において、崇高かつ重大な使命をおびたものである。ちなみに前掲ILOユネスコの「勧告」六項は、教員の職務は「厳しい継続的な研究を経て獲得され、維持される専門的知識および特別な技術を要求する公共的業務の一種」であると宣明している。このように、その職務が公共性の強いものであることは明らかである。

(五) 職務の停廃による障害

前叙のとおり教員の職務が公共性の強いものであるいじよう、その争議行為のいかんによつては、学校教育の円滑な遂行に重大な障害をおよぼす場合のあることが考えられる。そして、その障害の有無、程度は、これを一般論としていえば、結局当該争議行為の目的、種類、規模、態様、影響等の具体的諸事情を総合、判断して決すべきことになるのであるが、前叙の学校教育の内容およびその特殊性に鑑みると、学校教育に対する障害の有無、程度いかんは、争議行為によつて、年度初頭に樹てられた教育課程、年間教育計画あるいは授業計画等が余儀なく変更、修正、組替え等されたにもかかわらず、時機に応じた適切な教育的諸措置により、学校教育が年間を通じ全体として調和を保持しつつ正常に実施され、所期の教育目標の達成に支障をおよぼさなかつたものと客観的に認められるか否か、および教員の教育研究、研修等の教育活動ならびに教材の選定、準備等の間接教育活動、出席簿等の作成等の教務、その他の雑務等が支障なく行なわれたか否か、なかんずく、児童・生徒が精神的に平静な状態において、自主的に授業に取り組むことができる状況にあつたか否か等の具体的諸事実を慎重に評価、判定しなければならない。

学校教育は、すでに縷々述べたように、相当長期間にわたり弾力的運用のもとに発展的、系統的に実施されるものであるから、巨視的見地に立つてその成果を評価すべきものであつて、短期的な教育効果のみを強調するのは、必ずしも当を得たものとはいえない。しかも、争議行為が子どもの教育的環境の整備、拡充を意図してなされる場合はもちろん、もつぱら教員の勤務条件の改善、向上を目的として行なわれる場合であつても、一面においてそれが最終的には子どもの教育を受ける権利を実質あらしめる所以となることも認めなければならない。要は、争議行為が必ずしも直ちに障害のみをもたらすものとは断言できないことを銘記しなければならないのである。

3  本件勤評闘争の目的

本件勤評闘争は、勤評規則の制定、実施に反対し、その撤回を求めて行われたものであるが、勤評規則の制定、実施は教員の勤務条件に密接なかかわりをもつものであるから、かかる要求を掲かげ、その貫徹をはかろうとすること自体は、その目的において正当であつたということができる。

そして、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、右認定の事実を覆えすに足りる証拠はない。

日教組は、かねてから「教育公務員特例法」等教育関係諸法規の改正、制定をはじめとする教育施策の実施ことごとく反対して来たが、その後昭和三一年に起つた愛媛県の勤評問題を初めとして、翌昭和三二年に開かれた全国都道府県教育長協議会以後、にわかに勤評規則の全国的規模による制定、実施の動きがみられるようになつたことから、同年八月開催の日教組第四三回中央委員会で、これに反対する方針を打出し、次いで同年一二月二二日開かれた第一六回臨時大会で、最重要段階における休暇闘争を含む強力な統一行動戦術をとることを骨子とする勤評阻止闘争の強化に関する件および非常事態宣言発出の件を可決するに至つた。これに呼応して、日教組傘下の和教組は、下部討議を経たのち、前叙のとおり翌昭和三三年一月二一日開催の第一四回臨時大会で勤評反対の決議をした。その理由とするところは、県教育の特殊性としての責善教育および僻地教育の重要性が存在する故に、なお一層切実な問題意識のもとにとり上げられ、勤評規則の制定、実施が、やがては教員の評定者に対するへつらいの情を醸成し、ひいてはそれが教員相互間に対立・摩擦を招来させ、職場における民主的な人間関係を破壊する結果となり、このような教育現場の荒廃は、直ちに児童・生徒の教育環境に悪影響をもたらし、教育の真髄である創造性・自主性が失なわれ、型にはまつた教育方法のみが採用され、児童・生徒の個性、能力に適合する生き生きとした教育活動が行なわれなくなるおそれがある。たとえば、心身の発達が遅れているなどのために履修について特別の配慮を要する児童・生徒が放置される結果になりかねない、という点に存するのであつて、それは第一線にあつて現場の教育にたずさわる者が直感する極めて重大な問題であつた。翻つて、教育学界をみると、日本教育学会教育政策特別委員会は、教育職種に対する勤評の可否、評定者の評定能力の有無等について疑問があること、前提となるべき教育諸条件が未だ整備されていないこと、勤評が職場内の民主性を破壊し、官僚による教育統制に至らしめるおそれがあること、日本には従来勤評に関する研究がなかつたこと等を理由に反対の態度を表明した。

教員に対する勤評は、本来地方公共団体が教員に対する適正、公平な人事管理、運営に資するため、その基礎資料として定期的に評定、記録することを目的とする制度であるから、それ自体としては、それなりに合理性があるといえる。

しかし、前記ILOユネスコの「勧告」が指摘するように、教員の勤務成績の評価は、その職務内容の特殊性からして、人間性の尊重に根拠をおき、すぐれて客観的、科学的に行なわれなければならないものであるから、評定項目、評定方式、評定様式等の決定においては、教職員あるいはその団体の意見を十分に聴取して慎重になされなければならない。

このような視点に立てば、和教組が、教育現場において、実践活動を担う教員の教育的見地よりする重要かつ切実な問題意識のもとに、勤評規則の制定、実施に反対する本件勤評闘争の目的には、傾聴に値するものがあつた。

4  本件勤評闘争に至る経過

この点については、すでに認定したとおりであるが、以下に若干補足する。

前叙認定事実に加えて、〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、右認定の事実を覆えすに足りる証拠はない。

(一) 支部の状況

和教組は、愛媛県のいわゆる第二次勤評闘争のころから、和歌山県においても早晩勤評実施の動きがあるものと予測して、これにとり組むことにし、昭和三二年夏ごろ各支部から愛媛県に派遣したオルグの活動報告あるいは、和教時報、日教組新聞、関係雑誌等を資料として、各職場(学校)毎に討議を重ねた結果、同年一〇月、一一月、各支部毎に勤評反対集会を開き、同年一二月から翌昭和三三年一月にかけて、各職場毎に勤評反対決議をなすことができるまでになつた。これと同時に、出張父兄会、家庭訪問あるいは放課後、日曜日等を利用して、父兄に対する説得活動を行つて、その協力を求めた結果、県下各地域に勤評反対を目的とする共闘組織が結成された。

(1) 和歌山市支部

和歌山市支部においては、昭和三二年一〇月一二日地評主催の生活と平和を守る国民集会で勤評反対の決議をしたのを初めとして、同月一八日和歌山市教育を守る大会を開き、新聞の折込み等による宣伝活動を行ない、同年一一月二〇日には同趣旨のプラカードを掲かげて市内を行進し、市民の理解に訴えた。また、地域活動として、校区単位の居住者会議を開いて趣旨を説明し、組織内に青年行動隊を編成して映画・芝居等による宣伝活動をなした。これらの活動により、たとえば東和中学校のPTAの一部は、組合員と共に市教委との団交に出席し、また東山東中学校のPTAは、昭和三三年五月末の総会で勤評反対の決議をするに至つた。

(2) 伊都支部

伊都支部においては、昭和三三年五月一日地区労および伊都地方子供会連絡協議会とともに勤評反対共闘組織が結成され、高野口町に発足した勤評賛成同志会に対抗して子供を守る会が作られた。橋本市橋本小学校教育会は、同年六月一日の総会で勤評反対の決議をした。

(3) 那賀支部

那賀支部においては、昭和三二年一〇月一八日勤評に反対する郡市民大会が開かれたほか、那賀小学校PTAは、翌昭和三三年五月中旬の総会で勤評反対の決議をした。

(4) 海草支部

海草支部においては、昭和三二年一〇月一八日他組合の支援のもとに、海南市で勤評反対集会を開き、提灯デモで一般市民の理解に訴えたほか、各職場毎の地区部落懇談会の席上、あるいは運動会の校長挨拶の際に、趣旨を説明して父兄の理解を求めた。初島小学校では、校区内の東亜燃料株式会社労働組合、地区青年団、婦人会、朝鮮人学校等とともに勤評反対共闘組織が結成された。

(5) 有田支部

有田支部においては、管内に僻地地域を抱えていることの悩みから、他地域よりも一層切実な理由、すなわち教員人事における従前の移動原則が崩されはしないか、あるいは、優秀な教員が転出し、能力の劣る教員だけが集められて、僻地の子どもに対する教育がとり残されることになりはしないか等から、勤評反対が叫ばれ、広く青年団、婦人会も学習サークルを作つて勤評問題をとり上げた。昭和三三年三月八日には、湯浅町で勤評反対の郡市民大会が開かれ、吉備町、広川町においては、有田鉄道労働組合、国鉄労働組合、青年団、婦人会等により、さらに広川町ではPTA、同町教育委員会をも含めて、勤評反対共闘組織が結成された。また、郡内PTA連絡協議会は、五月末の総会で、また吉備町の解放同盟、PTA役員、有識者らは、同年六月一日の会合で、それぞれ勤評反対の決議をした。

(6) 日高支部

日高支部においては、管内の僻地、未解放部落をかかえる地区、たとえば印南町で昭和三二年一〇月PTA連絡会が勤評反対の決議をしたものの、全体としては教員の勤評反対活動に批判的な空気が強く、由良地区ではPTA役員が教員を個別に呼び出して闘争不参加を求めた。

(7) 西牟婁支部

西牟婁支部においては、月刊の和教時報西牟婁版による情報交換が活発になされ、昭和三二年一〇月小山県教育委員と会談して勤評の是非を論議し、同月一八日地区労働者の支援参加のもとに郡市民大会を開き、民主教育を守ろう、とのスローガンによる提灯デモをし、田辺市、上富田町では議会が勤評反対の決議をし、白浜町では民主教育を守る会が勤評反対運動を繰り広げ、PTAも反対決議をし、また上富田町では、国鉄、全逓、町役場、全農林各労働組合とともに共闘関係が成立した。

(8) 東牟婁支部

東牟婁支部においても、前掲各支部とほぼ同様の勤評反対運動が展開された。

(二) 市町村教育委員会の見解

県下の各市町村教育委員会は、全国試案公表後、勤評に対する態度決定をせまられていたが、本件休暇闘争までの時点でみると、橋本市教委は原則的には勤評の実施に賛成であるが、全国試案のままでは適当でないとする見解であり、被告に対しても和教組と十分話し合うよう申し入れ、吉備町、広川町各教委は勤評反対の決議をし、田辺市教委は被告に対して和教組と十分話し合うよう申し入れ、中辺路町教委は被告は各地教委の意見を十分聴取し、実施にあたつては教員の同意を得べきこと等を確認し、串本町教委は全国試案、相対評価等に反対することを確認した。そして、昭和三三年六月二日に開かれた県下市町村教育委員会の連絡協議会常任委員会の席上、被告から列席の市町村教育委員会委員長、教育長らに対して意見聴取をなしたものの、肝心の全国試案の内容をいかに改善するのか、あるいは被告作成の原案がいかなるものか等について、要望に応ずる説明をしないまま、和教組との団体交渉を打ち切る旨を示唆したことから、列席者の間に批難の声が上つたが、被告は情勢が緊迫しているからとの理由でこれを明示することを拒否し、その代り勤評実施の前に具体的内容を各市町村教育委員会に示すことで了解をとりつけた。

しかるに、被告が翌同月三日一方的に勤評規則を制定したことに対し、各市町村教育委員会の見解は、大勢においてこれに批判的であつて、被告に撤回を求め、あるいは反対決議をし、中には辞表の提出をみたところもあつた。

(三) 校長会、指導主事らの見解

昭和三三年五月、県下の小・中学校校長会は、全国試案による勤評は方法において困難であり、校長の学校運営指導上の不手際となるうえ、評定についても可能な項目はあるが、成績、性格、能力等については困難であるとの理由から反対の決議をし、これに歩調を合わせて、高校長協会も批判的見解を表明した。

さらに、被告事務局の指導課所属の主事全員は、同年五月二六日付で、勤評は教育という仕事の性質上不可能であり、その実施は教員相互間の協力や連帯を失わせる結果になり、本当に世話をしなければならない成績不良、不就学、貧しい家庭の子どもがとり残される恐れがあり、とりわけ責善教育を阻害する恐れが大きいとの趣旨の意見書を被告に上申した。

(四) 解放同盟の見解

七者共闘についてはすでに前叙のとおりであるが、とりわけ、解放同盟は、教員の間に勤評による差別を作り出すことこそがまさに問題であるうえ、評定者のみを意識した安易な成績万能主義、能率主義等が学校教育を支配することを許し、貧困のため教育環境に恵まれず、教育効果を上げることの困難な未解放部落の子どもに対する教育が、これがために切り捨てられるおそれがあり、戦後県教育界において営々として築き上げられてきたところの、差別をなくし民主的な社会を作り上げる教育、いわゆる責善教育が空洞化され、阻害されることになるという基本的な問題意識に立脚し、勤評反対運動に参加した。

(五) 被告の見解

被告は、勤評問題が全国都道府県教育長協議会で取り上げられ、論議されたころから、すでにいずれは実施すべきものであるとの考えから、ことに全国試案の公表後においては、もつぱら勤評の内容的検討に移つており、事務局内の検討委員会において十条製紙等民間会社の実施例を参酌するなどして、着々と作業をすすめていた。

こうした状況下において、和教組から勤評実施の是非について意見を求められた際にも、終始勤評は法律によつて実施が義務づけられており、教育効果を上げるに資するものであるから、責善教育の効果も上るはずであり、なんらこれを阻害するものではないとの見解を表明した。勤評規則の制定に至る経過についてみるに、

(1) 昭和三二年一二月一六日和教組との交渉の席上、被告は勤評の実施は未定であると明言したが、その翌一七日の県議会における答弁では、これと異なり多少の困難があつても実施する意向である旨を述べた。

(2) 被告は、昭和三三年一月九日から開始された和教組との交渉経過においては、勤評が責善教育を阻害し、差別を助長するという見解に立つ和教組と責善教育をめぐつて正面から論議し、自らの見解を表明する姿勢をみせたが、同月二九日の交渉の際、被告がすでに勤評実施のための調査研究費の名目で七二万円の予算を計上していることに関して和教組から追及されたため、勤評是非論の打切りを宣言し、その後交渉は中断されるに至つた。

(3) 前記交渉の中断を理由として、和教組が責善ワークショップをボイコットする措置に出たので、その解決のため新宮市に赴いた被告委員会の小山教育委員と当時の和教組委員長上岡孝との間において協議の結果、勤評は予算措置を含めてすべて白紙に還元するとの合意に達し、その旨の確認書を取り交わした。

(4) ところが、同年五月初旬に再開された和教組との交渉で、被告は、白紙還元とは勤評是非論に応ずることについても白紙に還す趣旨であると言明し、当初は是非論の再開にも難色を示した。しかし、結局、同月二七日の交渉の席上、次回は責善教育と勤評の関係について具体的に論議し、もし勤評の実施が責善教育に悪影響をもたらすことが判明したら責任をとると言明した。

(5) 同月二九日の交渉において、和教組が従来の主張を敷衍してかなり具体的に問題点を提示、指摘したのに対し、被告は従前どおり勤評は差別を助長しないというきわめて形式的な回答をしたのみであつた。このため、右回答を不満とする和教組から再度誠意をもつて回答するよう強く求められたので、被告は次回の同年六月四日までに被告の意見を統一し、具体的に論議することを確約した。

(6) ところが、被告は、前記交渉中にあつても、和教組を含む七者共闘が勤評規則の制定、実施に備えて着実に闘争体制を確立しつつあることを同月一日付新聞紙上で聞知し、しかも近畿各県から続々とオルグが派遣され、県下の各市町村教育委員会の態度も多くは被告に批判的である等の客観情勢を考慮した結果、もはやこれ以上交渉を継続しても論議は平行線を辿るのみであり、勤評の実施が既定の方針であるからには、この際多少の混乱は避けがたいとしても、むしろ早期の実施に踏み切る方がよいとの判断から、最終的に勤評規則を判定、実施することを決意した。

こうして、急に勤評規則の制定作業にかかり、同月二日夜これを完了して翌三日勤評規則を制定、公布する一方、約束ずみの同月四日の交渉を一方的に破棄する旨和教組はじめ七者共闘へ通告した。

いじようのような事実に徴すると、和教組は勤評問題に対して当初より絶対反対の見解を表明し、被告との交渉過程においても、終始その主張を譲らず、かなり硬直した態度をとつていたものといえるけれども、本来懸案の問題に対しその態度を明確にし、組織内の意見を統一して団結を強化しようとすることは、交渉にのぞむ当事者としてむしろ当然のことであり、また勤評反対の理由とするところも、「教育」という営為に内在する特殊性、重要性に根拠を有するものであり、なかんずく、和歌山県が直面する教育の特殊性、すなわち責善教育、僻地教育とのかかわりの中で、直接これにたずさわる教員が抱いた疑問あるいは危惧の念は、これをたんにき憂にすぎないとして一蹴し去れないものであつた。そうであるからこそ、教育学界においても相当有力に勤評に対して批判的見解が表明され、県下各市町村教育委員会においても被告に対して慎重な検討を要望する空気が相当強かつたのである。

しかるに、交渉過程における被告の対応ぶりをみると、勤評の実施はいわば既定の不可変更的な前提であるとし、十分な調査、研究を経ないまま形式的な回答に終始していたと評されてもやむを得ない面があつたことは否定できず、これが和教組の被告に対する不信感を一層助長する結果となつたものといわざるを得ない。

被告において、交渉を継続し、誠心誠意なお論議を尽くして、平和裡に解決する余地が全く存しなかつたとは断定できず、既定の交渉期日を一方的に破棄してまで勤評規則を制定、実施した行為は、和教組から抜打ち実施と非難されてもある意味でやむを得ないところがあつた。

5  本件勤評闘争の規模と影響

本件休暇闘争ならびに子弟の登校拒否、第二波闘争の規模、影響についてはすでに認定したとおりであるが、以下において若干補足する。

前記認定の事実に加えて、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定の事実を覆えすに足りる証拠はない。

(一) 昭和三三年六月五日の本件休暇闘争参加による県下各学校の運営状況は、別表第二表(一)のとおりである。そして、正常授業の行なわれなかつた各学校の状況をみるに、和歌山市においては、市教委によつてあらかじめ臨時休業の措置がとられたが、河西中学校、砂山小学校、楠見小学校、明和中学校等では、教員が自習用プリントを作成して、闘争の前日児童・生徒に持ち帰らせ、あるいは当日朝各家庭を巡回して配布し、また芦原小学校では劇場で映画、童話、講演会等をなし、高松小学校、雑賀崎小学校等では措置要求大会後、教員が校外生活指導に出かけた。その他の支部においても、教員が自習用プリントを作成、配布する措置を講じたところが多く、休業措置がとられないため児童・生徒が登校したところでは、校長らの闘争不参加者が自習用プリントあるいはあらかじめ参加教員の指示を受けたテキストによつて自習の監督をし、橋本市境原小学校のように、校長が一つの教室に児童を集めて講話をしたり、清掃をさせたり、あるいは橋本市橋本小学校、新宮市宝来小学校のように、上級生に下級生の自習の監督、指導をさせたりしたところもある。いずれにしても、ほとんどの学校では午前中で授業等を打ち切つた。また、自習の監督、指導が十分でないため、万一事故が生じた場合、監護に支障を来たすおそれのあつたことは否定できないが、かかる事態が実際生じた事例はない。

(二) 同年六月六・七日の両日は、七者共闘の解放同盟の構成員および地評傘下の労働組合員による子弟の同盟休校が行なわれたため、関係の各学校運営は相当混乱したこと等の状況は、前叙のとおりであるが、学校によつては、登校する児童・生徒と休校する児童・生徒との間に心理的な溝ができること、授業の理解度、進展に差等が生ずることを配慮して休校措置をとり、あるいは和歌山市芦原小学校、楠見小学校のように、同盟休校した児童を各地区毎に寺等に集めて寺小屋式授業、出張授業をし、各家庭を訪問して巡回指導に当つたところもある。

(三) 本件休暇闘争後の同年六月七日、和歌山市内芦原隣保館において再開された和教組を含む七者共闘との交渉の席上、被告が、勤評の抜打ち実施を陳謝するとともに、勤評が差別を助長することが判明すればこれを撤回する旨確約しながら、続く四月九日の交渉においては、勤評の抜打ち実施に遺憾な点はなく、過日謝罪したのはハンスト参加者を説得するためである旨前言を翻して、前叙の約束の確認を拒絶した。このため、七者共闘から約束違背であると激しく追及、非難されて、交渉に紛糾の度を加えたので、遂に被告は、交渉打切りを宣し、七者共闘側を交渉会場から退去させるため警察官を導入し、その結果、警察官および七者共闘側に多数の負傷者が出た。

(四) かかる重大事態に直面した和教組は、さらに強力な第二波闘争を計画したが、紛争の深刻化、長期化を憂慮し闘争に批判的な父兄や世論の動向を黙過し得なかつたうえ、傘下組合員間にさえ批判的意見がみうけられるに至つたことから、結局時期、態様、規模等あらゆる点において後退を余儀なくされたものとなつた。その影響についてはすでに述べたとおりである。そして、右闘争に参加した学校では、合同授業あるいは自習監督が行なわれたほか、和歌山市楠見小学校等同盟休校のところでは、寺小屋式授業が行なわれた。

(五) 本件休暇闘争およびこれに続く子弟の登校拒否、第二波闘争により正常授業が行なわれず、ために児童・生徒の教育にかなりの支障を来たしたことは否定できないところであり、また闘争の事後においても、橋本市隅田小学校の振替授業、美里町真国小学校の補習授業等のほかには、ほとんどの学校で特別の回復措置を講じていない。しかし、結果として、当該年度の年間授業計画の達成に支障を来たしたり、授業時数に問題を生じた事実はなかつた。

いじよう認定のとおり、本件休暇闘争が、これに引き続くその後の諸状況をも合わせ考えると、程度の差こそあれ各小・中学校の授業運営にかなりの支障を招来したことは否定できず、自習用プリントの作成・配布、寺小屋式授業、出張授業、振替授業等の措置により右支障を多少軽減できたとしても、これによつて授業を全面的に回避し得るものでなかつたことは明らかであるが、右闘争が年度初期の段階で行なわれたこともあつて、その後における変更等が適切に行なわれた結果、比較的短期間内に支障を回復することができ、当該年度の年間授業計画の達成を困難にするような支障は生じなかつた。

なお、本件休暇闘争を含む一連の闘争が児童・生徒に与えた精神的影響について考えるに、勤評制度の是非、反対闘争の手段、方法等をめぐつて教員と父兄、父兄相互間に相当深刻な感情的対立が渦巻いたさ中にあつて、児童・生徒の多くは、問題の本質について正しい理解ができず、ために相当心理的に動揺したであろうことは推認するにかたくない。確かに、学校教育は、平穏無事に、児童・生徒の安定した精神状態の中で営まれることが理想ではあるが、翻つて考えてみると、現実に生成、発展し、絶えず動揺、対立を繰り返している社会事象一般の影響から学校教育が全く無縁であり得ることは到底不可能であるし、そもそも、義務教育自体が子どもに対し最終的には社会人として一人立ちできるような人格の完成を目指しているのであるから、教材となるべきものは、広く社会事象全般であり、現実の社会も生きた教材そのものといえる。しかも、勤評反対闘争の目的とするところは、前叙のとおり最終的には教育条件の整備、拡充にあつたのである。このようにみてくると、児童・生徒に対する精神的悪影響の面は、もとよりないとはいえないけれども、これのみを余りに強調することは、必ずしも当を得たものではない。

6  結論

いじようのとおり、本件休暇闘争とこれに引き続くその後の闘争の経過、その規模、態様、それによる影響ならびに原告らの行動その他一切の諸事情を総合して判断すると、本件懲戒処分は必要限度をこえて著しく裁量権を逸脱した苛酷なもので、懲戒権を濫用したものというべきである。

第四結論

いじようのとおり、被告が本件懲戒処分の根拠とする地公法三七条一項は憲法二八条に違反し、無効であり、原告らの行為は憲法が保障する労働基本権の行使にかかる行為であつて、地公法二九条一項一、三号に該当しない。仮りに、地公法三七条一項が憲法に違反せず、したがつて地公法二九条一項一号に該当するとしても、本件懲戒処分は懲戒権を濫用したものである。したがつて、本件懲戒処分は、その余の点について判断するまでもなく、いずれにしても違法であつて、取消しを免れない。

よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(新月寛 大藤敏 宮森輝雄)

原告

勤務学校

処分理由

処分

岩尾覚

初島町

(現有田市)

立初島中学校

和歌山県教職員組合執行委員長として,昭和33年6月5日の同組合の休暇闘争に際して,同組合の各学校職場委員に対し,闘争指令を発したこと等教育公務員としてはなはだ不都合な行為があつた。

懲戒免職

北條カ

上富田町立

朝来小学校

和歌山県教職員組合書記長として,昭和33年6月5日の同組合の休暇闘争に際して,その闘争の遂行を共謀したこと等教育公務員としてはなはだ不都合な行為があつた。

同上

滝本松寿

新宮市立

緑丘中学校

上記北條の処分理由中の「書記長」を「書記次長」とするほかは,同じ理由である。

同上

西浦利也

美里町立

神野中学校

上記北條の処分理由中の「書記長」を「常任執行委員」とするほかは同じ理由である。

同上

田淵史郎

御坊市立

河南中学校

上記西浦と同じ理由である。

同上

岡本佳雄

岩倉村立

粟生小学校

上記西浦と同じ理由である。

同上

石原笹枝

和歌山市立

和歌浦小学校

上記西浦と同じ理由である。

同上

第二

集計表

(一) 6/5分

事項

職場離脱

正常授業

臨時休業

農繁休業

振替休業

休暇請求

承認

郡市別

和歌山市

37

18

1

1

37

18

37

18

38

19

橋本市

14

4

13

4

1

14

4

海南市

9

7

9

7

9

7

9

7

有田市

5

3

5

3

3

3

5

3

御坊市

1

2

5

2

4

4

4

1

6

4

田辺市

8

4

8

4

新宮市

7

4

7

4

7

4

海草郡

19

8

1

1

19

8

20

9

那賀郡

23

11

1

24

11

1

24

11

伊都郡

30

13

1

1

29

12

1

32

13

有田郡

1

26

14

23

11

22

11

27

14

日高郡

33

17

20

10

33

17

7

4

53

27

西牟婁郡

4

1

13

4

1

57

25

7

2

3

1

75

30

東牟婁郡

16

10

28

12

1

41

23

25

13

44

23

157

77

26

12

105

49

2

1

72

33

362

172

(二) 6/23分

事項

不参加校

休業

(農繁振替)

休暇請求

(義務免含)

同盟休業のある学校

不承認

承認

郡市別

和歌山市

3

4

1

(1)

(1)

33

15

1

38

19

6

3

橋本市

8

4

6

1

14

5

海南市

9

7

9

7

有田市

(2)

(1)

2

1

3

2

5

3

御坊市

3

1

3

3

6

4

1

1

田辺市

7

1

4

新宮市

7

4

海草郡

8

5

(2)

9

4

3

那賀郡

(18)

(8)

24

11

24

伊都郡

18

8

3

11

5

32

有田郡

(1)

(1)

9

5

18

9

27

日高郡

44

21

1

8

6

53

27

西牟婁郡

39

12

(2)

1

(3)

20

10

16

7

75

30

東牟婁郡

17

8

2

6

4

19

11

44

23

1

148

66

3

(26)

1

(14)

92

47

119

59

362

173

16

11

注1.橋本市立隅田中学校彦谷分校を1校として計算

注2.( )内は承認内数 但し和歌山市にあつては不承認の内数

(三) 6/24分

事項

不参加校

休業

(農繁・振替)

休暇請求

(義務免含)

同盟休校のある学校

不承認

承認

郡市別

和歌山市

1

3

1(1)

(1)

35

16

1

38

19

7

4

橋本市

8

4

6

1

14

5

海南市

1

2

8

5

9

7

有田市

(2)

(1)

2

1

3

2

5

3

御坊市

3

2

3

2

6

4

1

1

田辺市

8

4

8

4

新宮市

7

4

7

4

海草郡

7

4

1

(1)

11

5

1

20

9

那賀郡

(18)

(8)

24

11

24

11

伊都郡

18

7

3

1

11

5

32

13

3

有田郡

(1)

(1)

9

5

18

9

27

14

1

日高郡

47

23

6

4

53

27

西牟婁郡

45

13

(2)

1

(2)

15

9

15

7

75

30

9

3

東牟婁郡

21

7

6

5

17

11

44

23

1

1

151

61

2

(25)

1

(13)

97

55

112

56

362

173

19

12

(四) 6/25分

事項

不参加校

休業

(農繁・振替)

休暇請求

(義務免含)

同盟休校のある学校

不承認

承認

郡市別

和歌山市

3

1

(1)

(1)

36

16

1

38

19

27

11

橋本市

8

4

6

1

14

5

海南市

1

2

8

5

9

7

有田市

(2)

(1)

2

1

3

2

5

3

1

御坊市

1

3

5

1

6

4

3

2

田辺市

6

2

4

8

4

新宮市

7

4

7

4

海草郡

1

2

1

(1)

11

5

7

2

20

9

那賀郡

4

(18)

(8)

20

11

24

11

1

1

伊都郡

17

10

3

12

3

32

13

有田郡

1

9

5

18

8

27

14

1

3

日高郡

48

23

(1)

5

4

53

27

1

西牟婁郡

46

11

(2)

1

(1)

15

9

14

9

75

30

8

2

東牟婁郡

17

3

6

5

21

15

44

23

1

1

141

57

2

(25)

2

(11)

100

54

119

60

362

173

43

20

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